2014年06月27日

底知れぬ想像力を掻き立てる劇作家 file.44

201406_fujiwarakanasama.jpg
藤原佳奈さん。
二人の女優を抱える演劇創作ユニットmizhen
を主宰し、脚本や構成、演出をこなす。
 
現在、活動の場は劇場公演にとどまらず、
クラブイベント、幼稚園での公演、お笑いライブなど多岐にわたっている。
「同じ年に同じ大学・学部を卒業した人が演劇の道を疾走しているなんて…!」
この衝撃を胸に、彼女の人生観の背景を探りたいと思った。

☆☆☆☆☆

ーー大学時代に打ち込んでいたことは何ですか。

藤原(敬称略):教育か創作かどちらかをやりたくて、両方の可能性が残りそうな文学部に入りましたが、
授業にはほとんど出ていませんでした(笑)
京都のローカルテレビ局で、学生がTV番組を作るというインカレの活動にのめりこんでいました。
スタジオ収録を行うのはプロのタレントやスタッフですが、番組の企画、運営、出演は全て学生。
打ち込み過ぎて3年間で取得した単位はたったの16単位。
周囲の誰もが「4年で卒業はムリだろう」と言いました。
ですが、早く卒業して東京に行きたい一心で4回生で巻き返しを図り何とか卒業単位を揃えました。
卒業式に振り袖で出席したら、他の留年した友人に「ちょ、おま!」と叫ばれましたね(笑)

ーー驚異的な巻き返しですね(笑)
演劇の道を目指そうと思った経緯を教えていただけますか。

藤原:やっぱり創作をしたいという思いは強くあったんです。
最初は番組制作の影響でテレビ局や広告業界に興味をもっていましたが、
広告主のシステムの中でつくり上げることに違和感があり、映画か演劇かな?という二択に。
そんなとき、演劇の道を決定的にさせる出来事が起きました。
時代劇のお芝居の付き人に行ったとき、俳優の柄本明さんが偶然いらしゃったんです。
1人だけ纏っている空気が違うんですよね。「空間を背負っている」というか。
映像映えする俳優・女優さんはたくさんいるし映像は編集できるけれど
演劇の「生の空気」は嘘をつけないから、俳優の演技力が明るみに出てしまう。
「あぁ、芝居の役者がやりたい」そう思ったんです。

ーー演技の力量が丸裸にされてしまうんですね。それからどうされたんですか。

藤原:日本の演劇学校を探したんですが、「これぞ」という学校が見つからなくて…。
日本の演劇が特殊なのは、能や歌舞伎のような伝統芸能から、
新劇、アングラ演劇、静かな演劇、エンタメ演劇、まで、どんな型も並列して共存しているところ。
だから演劇学校も多様な型を教える状態で、
役者養成のカリキュラムがあまり整備されていないんですね。
フランスにあるジャック・ルコックという演劇スクールには興味をもったので
東京でお金を貯めて留学しようと思った。
鞄2つくらいで東京に出てからは、友人?知人の家に居候させてもらったり、
シェアハウスに住んだり、その後沖縄のゲストハウスに住み込みで働いていましたね。
寝食に困ることなく那覇のビーチで黄昏れる日々(笑)
海の次は山!ということで、長野の標高約2600m山頂にある山小屋で働きました。
あとは学費を貯めるために東京に戻って家電屋の販売員のバイトもしましたよ。

ーー多彩ですね…!色々な仕事に取り組んでいるときはどんな気持ちだったんでしょう。

藤原:そうですね、自由に選択できる楽しさを噛み締めていましたね。
私、普通の家庭で育って、進学校から京大に行ったので、
人生経験が足りないという思いがあったんです。
早く色んな色を見ておきたかった。
一番インパクトがあったのは、山小屋での経験。
朝5時起床、夜9時就寝。お風呂には5日に1回しか入れないし、携帯もつながらない。
テレビもほとんど見ていないし、本も手元の2冊だけ。
1ヶ月だけでしたが、こんなにエンタメが遮断された環境は初めてだった。
でも人間って楽しみを自ずと創りだしちゃうんですよ。
例えば毎日の風景の変化に敏感になるし、
「今日の雲の形や夕日の色合い」に心踊るようになる。
昔の人が星座を編み出した気持ちが少しわかった気がします。
また、心に思い浮かぶことを綴っていくようになりました。
暇で抑圧されているからかもしれませんが(笑)
環境が人に娯楽を作らせるというか…。
創造性って、何も刺激がないところでも開花するんだなぁと実感しました。

ーー創造性が無から生まれる瞬間に立ち会ったんですね。
その後はどうされたんですか?

藤原:フランス留学で専門性を極める前に、まず日本で色んなタイプの演劇を学べる学校に入ったんです。
その学校の人に「君は俳優より演出家の方面にいくんじゃない?」と予言されて、
見事予言が当たりました…!
留学したいという話をしたら、その人に、
「今が伸びる時期だから、日本でたくさん作品を作ってから考えたらいいのでは」と言われ、留学を保留にしたんです。
そんなある日クラスメートから自主公演をやろうという話があり、脚本書いたら?と執拗にプッシュされたんです。
最初は「脚本を書くなんて自分には無理!」と気後れしていましたが
結局書くことになり、昔の自分の思いを主人公や登場人物たちに投影するような作品ができました。
初の脚本・演出でしたが、思ったよりも良い感触を得られて、
卒業公演でも脚本、演出をやらせてもらい、「もう少しこれを続けてみようかな」と思ったんです。
卒業直後は、団員(俳優)を背負わないソロプロデュースを目指しましたが、
私の初作品から出演してくれていた女優二人には信頼を置いていたので
一緒にやっていこうと声を掛けました。

ーー1人で主宰するというと、私にとってはすごく勇気がいるように思えるのですが
ためらいはなかったのでしょうか…?

藤原:そうですね…。大学時代の番組制作でお世話になっていた放送作家さんから
「ふじかな、東京劇団の主宰とかしちゃえば」と言われていたときは、
「そんな事、私の器では無理です!」と言っていたのですが…
自分が見たい劇があまりなくて、「私が見せちゃるねん」という思いが勝ったんでしょうね。
経験も実力もまだまだ追いついていないですが、
自分が良いと思っているものを世の中に出していけば、
必要とされるんじゃないかと信じています。

ーー「私が見せちゃるねん」という強い思いの核は何でしょうね。

藤原:演劇を通じて、本質的に「人を見るって楽しい!」と思ってもらいたいという気持ちでしょうか。
演劇従事者以外だと、宝塚や劇団四季以外の演劇を観たことがある人は非常に限られています。
本当は演劇って、異分野の人にも面白いと感じてもらえるはず。
例えば建築を専門とする友人が、私の演劇を機に、他の芝居も観るようになったと言ってくれて、それはとっても嬉しかった。
建築と演劇ってどちらも空間を扱うし、共通項があるのでしょう。
あとは、底知れぬ「人の想像力」に魅せられたというのも影響していると思います。
例えば役者が、今戦場にいるということを、身体や言葉を使って、目の前の景色や音、匂いなど五感に訴えかけるように伝えていくと、
観客はまるで戦場に居合わせたかのような気分を味わえる。
一方、「私は冷蔵庫です。」と役者が身体や言葉で表現していくと、
だんだんその役者が冷蔵庫のように見えてくる。
役者の身体だけで、いかようにも想像してもらえるんです。
私はよく「身体で抽象画を描く」と表現しています。

ーー「身体で抽象画を描く」って面白い表現ですね。
藤原さんの豊かな感性や独創性がどこで培われたのか気になります。

藤原:物心ついた頃から、人の顔色を過剰に伺うところがあったんです。
空気が非常に気になる子っていうのかな。
目に見えないけれど確かに存在する、瞬間ごとの「感じ」に対する嗅覚が
人よりちょっと鋭いのかもしれません。
でも、例えば今こうして対話しているときも二人の間に流れている空気が
友好的なものなのかドロドロしたものなのかは、傍から見て分かってしまう。
可視化できないけれども体感する感覚は、誰にでも備わっているものだと思います。

ーー最後に、今後やってみたいことを教えていただけますか。

藤原:演劇を観たことがない人にもっと演劇の価値を伝えたいですね。
演劇は一度の上演で観てもらえる人が限られるので、
生でなくても、もっと多くの人に届けられるような映像配信なども考えています。
あとは本来、人の身体がもっている力を活性化できるような教育に、
演劇という形で関わっていきたいですね。

☆☆☆☆☆

柔らかい笑顔の奥に秘めた
鋭敏な感受性と、しっかりと芯の通った信念。
この2つは、どんな環境にあっても道を切り開く原動力になっているのだろう。

山小屋で彼女が体感した、人間の想像力と創造性。
この無限なる力の可能性をどこまでも追いかける彼女のパッションに
何度も圧倒されそうになった。
どんなに激しい嵐に遭おうとも、彼女の木はしっかりと根を張り、枝葉を広げていくのだろう。

演劇にふれることで、もっと人を知りたい。人の本質に迫りたい。
これからも彼女の活動を応援していきたい。
そんな思いが胸に宿った。
posted by メイリー at 23:08| インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月15日

メディアの最先端を追う未来のジャーナリスト file.43

大熊将八さん。
東京大学経済学部4年生。
佐々木俊尚さん、津田大介さんなど著名ジャーナリストの取材に斬り込み、
メディア・クエスター 東大生がメディアの未来を追うブログを執筆している。
彼の当面の目標は、メディアのイノベーションの震源地アメリカ東海岸への「取材留学」。
デジタル時代のジャーナリズムとビジネスの関係がどうなっていくのか?
その問いの答えを最先端の現場で見つけ、日本へ発信しようとする姿に心を打たれ、
彼のジャーナリズムへの熱い思いが芽生えた背景に迫りたいと思った。

☆☆☆☆☆

ーージャーナリズムに興味をもたれたきっかけをお聞かせいただけますか。

大熊(敬称略):小さいころからとにかく活字を追うのが好きで、
本だろうが新聞だろうがネットの2ちゃんねるだろうが読みまくっていました。
それで学んだことや疑問に思ったことをどんどん書いて発信していました。
真価が伝わってないものの価値を伝えたい、伝わってない状態がいらいらする!という性格でした。
特に「何が世の中を変えていくのか」に一番興味を持っていて、
最初は政治にのめりこんでいました。
中学生ぐらいの時は”ネット右翼”だったんです笑

ーー「真価が伝わっていないものの価値を伝えたい」と
具体的に感じるシーンがあったのでしょうか。

大熊:いつも考えていると言った方が正しいかもしれません。
僕は京都の中高一貫の進学校に通いながら、部活は水泳に打ちこんでいました。
そこで府の代表チームに入ることがあった時に、
周囲に「勉強しかやっていない学校の人」だという偏見をもつ人がいて、
「ちゃんと知り合えば、お互いの良さが分かって面白くなるのに…」というもどかしさがあったんですね。
僕は「人とは少し違ったことをやりたい」という志向が強く、
「物事の良さや真実を伝える」ことに力を入れるようになりました。

ーー政治に興味をもつようになったのはいつ頃ですか。

大熊:中学2年生の頃です。
部活の先輩に中国の汚染しきった川の画像をHP上で見せてもらって。
自分の知らなかった現実をもっと知りたい、広めたい!という思いがふつふつと沸いてきました。
チベット問題にも関心が広がり、政治に傾倒していったんです。
ですが、高校1年のときに、忘れることのできない大きな失敗が…。
「伝える価値があるものは伝えるべき」と突っ走りすぎて、周囲の友人たちに引かれてしまったんです。
一番つらかったのは、当時の親友に絶交されたこと。
3ヶ月ほど引きこもり状態になりました。
いくら大事なものであっても、相手が気持ちよく受け止めてくれるような伝え方が大切なのだと、
これまでの自分の傲慢な考えを反省しましたね。
母親や周囲の人に助けられて立ち直ることができました。

高校生になってからは母子家庭で私学に通わせてもらっていたこともあり、
当時起きていた私学助成金削減の風潮に、反対する学生団体の活動にも関わりました。
京都中の中高生を集めて文化祭をし、寄付を集め主張しようという主旨でした。
京都の様々な学校の人たちと接する中で、
「どうしたら人は動いてくれるのか」という視点ももつようになりましたね。

ーーそんな経験があったのですね。
人と違ったことをする子だったのことですが、
どんな子どもだったのか詳しく知りたいです。

大熊:マイウェイな子でしたね。
小さいころから通っていたスイミングスクールでも、
みんなと一緒に体操せずに遊んでいるような(笑)
小学校も私立だったのですが、自由にやらせてくれる校風で。
小学校2年生頃から大の本好きになり、小学3年では絵本や物語を書いていました。
ハリーポッターやダレンシャンの世界観に影響されて書いていたファンタジーの長編は
3年間で原稿用紙1000枚分以上、ノート10冊ぐらいになるかと思います。
当時の担任の先生が理解のある人で、僕の書いた作品を学級新聞に載せてくれたり、
感想を教えてくれたりしました。
僕の個性を伸ばしてくれた原点ですね。
あとは同じように物語を書くのが好きな友人がおり、
お互いに作品を見せ合って意見を言い合えたのもよかったなぁと。
それから、独自の見方や意見をもつようになったのは、母親の影響があると思います。
僕が政治や社会問題について議論をふっかけても、
「こういう別の見方もあるんじゃないの?」と視野を広げられるように返してくれた。

ーー大事な理解者がいらっしゃったんですね。
大の本好きということですが、一番好きな本は何ですか。

大熊:村上龍さんの本ですね。
高校生になってから読み始めたんですが、
『69』という村上さんの青春の自伝的作品にのめりこみました。
「楽しく生きるのにはエネルギーがいる、戦いなんだ」いう挑発的な言葉には、
胸にぐっとくるものがありましたね。
村上さんの小説のテーマは、少数派やはみ出し者に目を向けていて面白いんです。
『希望の国のエクソダス』も一見SFのようでいて、
登校拒否し自分たちの人生を見つけていく中学生をリアルに描いていて面白い。
村上さんは才能の塊のような人だと思っています。

ーー私も読んでみたくなりました。
大熊さんのブログを読んでいると、キラリと光る発想力や仮説構築力が感じ取れるのですが、
どんな風に培ってこられたのでしょう?

大熊:みんなと違った視点を探す癖がついているからでしょうか。
大学受験のときもいわゆる定石の解法に反旗を翻していましたし(笑)
瀧本哲史先生の投資ゼミでの学びも仮説構築力に一役買っていると思います。
実は大学1、2年生のときは、これと言って打ち込めるものがなく、モヤモヤが募っていました。
そんなときに出会った瀧本先生のゼミでは、
各学生団体のリーダー的存在の人たちと議論できる場が用意されていた。
「小さいけれど優良な企業」・「ニッチな分野だけど圧倒的首位に立つ企業」など
未発掘の企業を見つけて、なぜそこに投資する価値があるのかを緻密に分析し、
授業で発表・議論していきます。
鋭い視点をもつ学生たちと喧々諤々の議論をしているときに
やりたいことはこれだったんだ!」と気づいたんです。

ーーゼミの活動も分析力を磨く絶交の場だったのですね。
モヤモヤが晴れてきて、その後はどんなことに取り組まれましたか。

大熊:就職活動のときはコンサルやITベンチャーなどでインターンシップを経験しましたが、
イマイチしっくりこず、文章を書くのが好きという原点に立ち戻りました。
投資の観点を学んだおかげで、「マスメディアは落ち目」というのは誤解で、
実は大きいチャンスが眠っていると気付き、
メディアの未来を生み出すアメリカに足を踏み入れようと決めました。
最先端のメディアを作る人たちがどんな理念をもっているのかを知る動きはまだ日本にはない。
佐々木俊尚さんなど、日本のジャーナリストから
「君がやろうとしていることには価値がある」とおっしゃっていただいたのも
後押しになりました。

ーージャーナリストの方々を取材されているときの切り口も鋭いですよね。

大熊:これも投資分析のゼミで培った力かもしれません。
企業情報についてネットで調べられることは限られているので
IR担当に直接電話で何とか肝になる情報を聞き出そうと、
色々な切り口で質問した経験が活きていると思います。
あとは中高時代から、授業や講演などで通り一遍の質問はしたくないという思いがありました。
例えば高校1年生の倫理の先生が尖った人で、天皇制について批判的見解を述べていたとき、
「この授業は先生の思想の授業ですか?それとも倫理の授業?」と切り込んだこともあります。
白熱した議論の末、その先生とは仲良くなれたんですが(笑)
ジャーナリストへの取材でも、「これまで聞かれたことがない質問を1つ以上しよう!」という思いで、
取材対象のリサーチを重ね、相手に「おっ」と思わせる質問を心がけています。

ーーすでにアメリカの新興メディア企業にアポを取っておられるとのことですが、反響はどうですか。

大熊:今のうちからアポを取ろうと必死に英文メールを打っているのですが、
意外なことに応じてくれる人が多いです。
「しっかり実績を作ってからじゃないと応えてもらえない。」という意見もありましたが、
実際の行動に移すと、机上の常識をぶち破ることができた。
そして、ブログでアウトプットしていくと、予想以上の反響を読者からいただいており、
行動することで見えるものがあるのだと実感しています。

ーー取材留学で確かめようとしている「メディアの未来」について、
大熊さんが現在もっている仮説を教えていただけますか。

大熊:ネットに限ると、今は極端な物言いで炎上したり、同じものを使いまわしたりと
必ずしも良質とはいえない言説があふれていて、そちらに注目がいってますが、
今後は良質なコンテンツを生み出せる人材の需要が高まり、
良質なコンテンツを提供することで稼ぐ企業が増えていくと予想しています。
本当に価値のあるコンテンツに注目が集まり対価が払われる社会が健全ですし、
こうした動きを加速させるために自分ができることをやっていきたいと思っています。

☆☆☆☆☆

論理的な仮説をもとにした分析力と、物怖じせず挑戦していく行動力の絶妙なバランス。
過去の経験で培われた「人と違った視点を考える姿勢」により、
このバランスが彼の唯一無二の武器でもあり、大きな魅力にもなっているのではないだろうか。

彼の個性を受容し伸ばしていったお母様や、小学校の先生、
同じ方向性をもった友人の存在は、
彼のブレない軸の支えになっていることだろう。

「伝え方を工夫しないと伝わらない」
そう身をもって学んだ経験を糧に、自信と謙虚さをもって歩み続けている彼。

「真価が埋もれているもの」を世に伝えていきたいという思いを原動力にして
彼の「好きなこと」「得意なこと」「社会的意義があること」の3つが
重なりあった分野で、新境地を切り開いていくのを
今後もずっと見て行きたいと思った。
posted by メイリー at 15:54| インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月08日

人の内面の変化を大事にするファシリテーター file.42

社員研修や組織人事コンサルティングを手がけるアルー株式会社にて
6年間営業職に従事し、4月から企業教育のコンテンツ開発を行う菊地大翼さん。
プライベートでも「場作り」や「新たな企業教育」に向けて
ワークショップや読書会を開催し、ファシリテーターとして活躍。
同時に、アウトプットのためのインプットを絶えず行っている。
彼のWEBサイト Generation Of Life のブログに紹介される本やセミナー、
何より彼の考え方に魅了され、インタビューを申し込んだ。

彼の人材開発・企業教育への強いモチベーションの源泉はどこにあるのだろうか?

☆☆☆☆☆

ーー現在の仕事内容を教えていただけますか。

菊地(敬称略):企業の人事部研修担当者がお客様で、人材育成の課題解決の提案を行っています。
顧客企業や部署の課題をヒアリングし、関係性を築きながら、
研修の提案が通れば、自社と契約のある講師と調整し、
研修コンテンツを制作している部署と協力しながら内容を固めていきます。
研修当日の運営に携わることもあります。
意図通りの場になっているかを顧客や講師に確認し、受講者の反応を振り返り、
今後の研修の企画運営に生かしていくという流れです。
プログラムも多様で、新入社員から経営者相手の階層別研修もあれば
コミュニケーションやロジカルシンキングといったテーマ別研修、そしてダイバーシティーなど新規の研修も扱います。

ーーやりがいを感じる瞬間はどんなときでしょう。

菊地:お客様の期待を上回ったときですね。
研修の現場で感じるものももちろんありますし、
「この企業では○○が真の課題になっている」という見立てのもと研修プログラムを組み立てるので、
見立て通り、もしくはそれ以上に受講生の業務の姿勢や、その企業の業績に変化が生まれたときに、喜びを強く感じます。
一方、顧客企業になかなか理解されづらいけれど本質的に必要なプログラムを導入することが難しい場合には
歯がゆさを感じるときもあります。
顧客企業は商社、金融、メーカー、ITなど業種も規模も様々ですが、
お客様から引き出した知見や普段の研究をもとに
業種・企業ごとの特徴やパターンをあぶり出し、仮説設定に活かすという姿勢も大事になってきます。

ーー組織開発・企業教育に興味をもたれたきっかけは何かあるのですか。

菊地:大学時代に塾講師をしており、 自分の指導で生徒に変化が生まれるのを見るのが好きだったというのはありますね。
元々、書物や経験から得た学びを言語化・体系化し、伝達することが何となく好きでしたね。
あとは間接的には中学校や塾の先生の影響もあるかもしれません。
教わっていてすごい!と思う先生たちに対して良いイメージをもっていました。

ーー印象に残った先生っていらっしゃいますか。

菊地:生徒や保護者に対してマネジメント力がある中学校の担任の先生のことは印象に残っています。
生徒一人ひとりにスポットライトがあたるような活躍の場を与えて、
良いところを褒めて生徒の心をつかみ、叱るべきところは叱る。
他の先生も一目置いているようでした。
先生のマネジメント・リーダーシップのおかげからか、
イジメもなく、まとまりのあるクラスだったと記憶しています。
また、塾の先生も専門性を突き詰めているという点で、すごいなぁと思う先生がいました。
教材も作りこんでいたし、授業で選ぶ問題の内容、タイミング1つ1つに意図がある。
そうしたプロフェッショナリズムに惹かれますね。
コンサルタントも「なぜ?」を突き詰めて、
どの言動にも意味をもたせているという点で尊敬していました。

ーー大学時代は社会学部でどんな研究をされていたのですか。

菊地:CSRやソーシャルアントレプレナーといったテーマを扱う研究室に所属しており、
ドキュメンタリー映画監督へのインタビューやアンケートを行っていました。
山形ドキュメンタリー映画祭という、国際映画祭があるのですが、
人の内面のドロッとした、理屈では片付かないところに触れられるのが醍醐味で、
公共に出しにくい非日常に触れて「こんな世界があるんだなぁ」と思いましたね。
これも、好奇心旺盛さの成せる技というか、人の本質に関わっていくという点で
今のライフワークに間接的につながっている気がします。

ーー「人の本質」ですか。
今の会社や職種を選ばれた理由とも関係がありそうですね。

菊地:そうですね、元々組織人事コンサルを中心に就職活動をしていおり、
今の会社を選んだのは企業ビジョンに共感したのが決め手でした。
プロフェッショナルが多いこと、そして、問題解決に携われることがコンサルを志望した理由です。
物事をより良い状態にしていく「最上志向」が強いというのも関係していると思います。
なぜコンサルの中でも組織人事や企業研修の分野かというと、
社会を良くするときに「人」の切り口がキーになると考えており、
子どもは大人の影響を受けるのでまずは大人への教育が不可欠だと考えたというのが理由です。


ーー菊地さんは企業研修の仕事だけでなく、プライベートでも
キャリアに関するワークショップや読書会の企画・開催をおこなっていらっしゃいますが
活動の主軸はどこに置いておられるのですか。

菊地:実感としてはアウトプットとインプットの比率が2:8で
もっともっとアウトプットに繋げていきたいなと感じています。
元々勉強会やワークショップに参加したり読書したりというインプットが多かったのですが、
インプットの蓄積が溢れだしたものをアウトプットにしていこうとする途上です。
今はワークショップ開催がメインですが、
いずれは社会性の高いテーマでフューチャーセッションをやりたいですね。

ーーその原動力はどこからくるのでしょう。

菊地:飽くなき好奇心と、自分に足りない部分を補いたいという思いでしょうか。
でも「足りないから取り込む」というのは reactive な振る舞いなので、
周囲に還元するという動きを伴わず、「取り入れることが目的」になってしまいがちです。
やはり人や世界に働きかけること、何らかの貢献につながることが必要だと思っているので
もっと active な意味づけをもって行動に移していきたいですね。

ーーここまで力を注げる理由が気になります。

菊地:人が行動だけでなく内面から本質的に変化するのを見るのが好きなんですね。
目に見える行動だけが変化しても表面的に終わってしまうことが多いので、
内面の変化に行きつくかどうかという視点を大事にしたいんです。
内からも外からもバランスよく働きかける人を目指したいと思っています。

ーーお話していると、菊池さんは論理と感情のバランス感覚が素晴らしいなと感じるのですが、
バランス感覚はどのように磨かれたのでしょうか。

菊地:元々、ザ・論理というか左脳寄りだったことへの反省があります。
感情を扱うことへの苦手意識がありましたが、
左脳的アプローチだけだと、ともすれば人を傷つける恐れがあり限界を感じたからです。
心の底から納得していないと、違和感をもったまま変化に追い立てられるというか。

ーーなるほど…。 これまでに「挑戦してみてよかった!」と思うことはありますか。

菊地:「場づくり」ですね。
キャリアや価値観に関するワークショップのファシリテーターという立場に立つのは初めてだったので、
ワークショップの企画や運営は仕事柄おなじみですが、
仕事はあくまで顧客のリソースや会社のコンテンツを使いますし、人の土俵に立っているところがあるので、
仕事外での「場づくり」は手ごたえが違いますね。
自分が一から生み出しているという感覚がありました。
今の方が好奇心旺盛さは増しているというか、興味あるものに飛び込んでいく余裕がありますね。
踏み込んでも損はないという思いが後押しになっているのかなと。

ーーファシリテーターとして大事にしているものは何ですか。

菊地:自由で安全な場づくりですね。
参加者が言いたいことを気兼ねなく言える環境にしたいですし、
人生にとってプラスな気づきをお土産として持ち帰ってもらえるように心がけています。

ーーファシリテーターに向いている人ってどんな人だと思いますか。

菊地:そうですね…自分をもっている人でしょうか。
ファシリテーターは「場」に貢献する黒子的な役割をもつので逆説的なのですが
みんなの意見をただ肯定するだけでは参加者のエネルギーが混乱してしまう。
なので、個々人の考えを交通整理をしつつ、ファシリテーター自身の軸をもとに
人から本音や真の価値観を「引き出す」ことが大事だと思います。
プロは一挙手一投足に意味をもたせるという領域に達していますしね。

ーーそうした力はどうすれが磨けるのでしょう。

菊地:場数もありますが、一番効果的なのはフィードバックでしょうね。
ゴールへの働きかけが参加者に響いたかどうか検証する。
受講者の反応を見て、自分の意図した効果が出ているかを調べて、今後に活かしていく。
スキルの上達という面もありますが、
ファシリテーターとしての内面的資質を磨くという面が大事だと思っています。

ーー最後に将来のビジョンを教えてください。

菊地:「人と組織のギフトを解放する」というプロジェクトの芽を開花させることです。
まだ友人と構想を練っている段階なので具体的な方法が決まっているわけではありませんが、
個々人や組織が本来もっている良さや才能を表現するお手伝いができたらと思っています。

☆☆☆☆☆

仕事・プライベートという枠を越えて、
人材開発・組織開発のプロフェッショナリズムを極める菊地さん。
「人の内面の変化や成長」という本質的変化への強いこだわりと、
変化のために自分自身を磨き続ける向上心の高さには目を見張るものがあった。


ブログを読んでいた頃からの憧れの方に
直接ファシリテーターとしての心構えを伺えたことに、心から感謝の意を表したい。

「人の価値観や才能を引き出す」という無限の可能性を秘めたフィールドで
彼は新境地を開拓していくことだろう。
posted by メイリー at 00:53| インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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