2014年08月31日

常識を木っ端微塵にするシステムエンジニア file.50

Jokeさん_edit.jpg

齋藤俊輔さん。
東京でSEやSEの採用・人材育成に関わった後、
医学部受験を目指し稚内に帰郷。
現在は札幌で医療システムの構築に携わっている。

東京ではRosebud Mouthというバンドでヴォーカル・サックスを務めていた。
8年前に会ったときから、多趣味・多才、そして好奇心の塊だった彼。
科学、音楽、歴史、映画、神話など、興味の範囲は広がるばかりである。
一方で、人の相談にとことん真摯に付き合ってくれる優しさを持ち合わせている。

常識の枠なんて取っ払ってしまうような独特の世界観が
どのように醸成されたのか、インタビューを申し込んだ。
(※普段Jokeさんとお呼びしているのでその名称を以下では使います。)

☆☆☆☆☆

ーー今日は色々Jokeさんにお聞きしたいことがあるんですが、
過去のことから色々お話きかせてくださいね。

Jokeさん(以下敬称略):99%オープンに話せるよ。
地球や宇宙に比べたらちっぽけな自分のことなんて隠すところはないからね。

ーーその発想、変わっているって言われません?

Joke:そうだね。先日、自動車免許を取りに教習所に通っていたんだけど、
初対面の人から口々に「変わってますね」と言われた。
1,2分しか話していないのに。
俺自身は変わっていたいと思っているわけではなく自然体だけど。
俺が逆にいわゆる普通の人に不思議だと感じることが多い。
「文句があるのに言わない人」とか「全く納得していないのに渋々同意している人」とか。

ーー波風を立てたくない、自分が傷つきたくないという人は
そうした態度をとるのかもしれませんね。
Jokeさんは誰にでも正直に接すると聞いていますが。

Joke:正直に言いすぎて波風を立ててばかりだけど、後悔したことは一度もないなぁ。
間違っていると思ったら上司にも指摘するし、友人に対してもきちんと叱責することもある。
それが誠実な対応だと思うから。

ーーそんなJokeさんはどんな子ども時代を過ごしたのでしょう。

Joke:小さい頃から変わっているとずっと言われ続けているね。
20歳頃に、母親から
「実はあんたのこと、異常者なのか社会に適応できる人間なのか分からなかったことがある」
とカミングアウトされたくらい。
まぁ、意外にちゃんと就職して、真っ当に生きているんだけど(笑)
小中高と、全校集会などの場でひたすら喋り続けていて、
先生から追い出されたことも多いし、
小学校のときは、自席に座っていられないから、教卓の横で勉強させられていた。
やんちゃで手に負えない子だったけれど、今思うとたぶんADHDだったんじゃないかと思う。

ーー強烈なカミングアウトですね。当時興味があったものは?

Joke:トランシーバーに憧れたなぁ。今もほしいし。
秘密基地を作るのに夢中だったね。
でも高校の中盤まで興味をもてるものはほとんどなかった。
稚内ってほんとに田舎。
興味をかきたててくれる授業や、人間的魅力のある先生にはほとんど出会えなかった。
でも、科学への興味は自然と湧いていた。
「地面以外歩けないのはなぜ?」
「光ってなぜ?」
物心ついたときから、そんな疑問ばかり持っていて、解明したくなるんだよね。
エジソンの伝記に「泥団子を2つくっつけると、1+1=1になる」という記述があり、
「たしかに!」とすごく納得したんだけど、
大人は「1+1=2」という常識から逸脱することに対して否定的であることが多く、
「なんでそんなに枠にはめたがるんだろう?」と感じる。
常識なんて木っ端微塵でいいんだと思う。

ーー木っ端微塵ですか。

Joke:そうそう。ダークマター(暗黒物質)の研究も、
人間が目で観測できるわけではないけれど、
「見えていない=存在しない」とはいえないということにつながるはず。
人間の可視領域はあくまで人間の範囲でしょう?
自分が見えているものだけで決めちゃだめ。
「世の中の決まり」も人間が作ったものだから、
当然だと思わずに疑問を呈す姿勢が大事だと思っている。
医学も科学も変化し続けているんだから、常識や規則を覆そうという意識が
新しい発見や発明の鍵を握っているんじゃないかな。

ーーご自身の価値観に影響を与えた人っていらっしゃいますか。

Joke:残念ながら反面教師ばかりかなぁ。
プリントを配ってプリントに書かれた内容を全部読み上げる先生とか。
つまらない授業のときは「テストで100点とるから寝かせて」と先生に言って本当に満点を取ったことも。
「おかしいと思ったら声を上げる」
「無理だと思わずにまずは実践する」
こうした考え方は、自分のベースになっている。
医学部受験も志望校に合格することはできなかったけれど、
最初から「挑戦したってムリ」という風には思いたくなかった。
大学受験レベルの数学や化学をしっかり勉強できたのはいい経験だし、何より面白かったからね。
科学にのめり込んでからは、ニュートンとアインシュタインの考え方にかなり影響を受けたと思うよ。

ーーJokeさんは何でも挑戦されますよね。
歴史の本を読むだけでなく、その舞台となった土地を旅されているし。
すぐに行動するようになられたきっかけってあったのでしょうか。

Joke:実行主義になったのは、高校時代に大切に思い合っていた子が
自殺したことが大きく影響していると思う。
思っているだけで行動しなかったら何も変わらないと学んだ。
当時、彼女が亡くなって1、2週間たったときは、
「彼女の分まで人生を楽しもう」と誓ったけれど、
よくよく考えると、俺はどんなに頑張っても一人分の人生しか生きられないと気づいた。
だからこそ、彼女が俺の生き方を見て「面白い」と思ってもらえるように、
「興味をもったら即行動」をポリシーにしようと決めた。

ーーそうした経験が実行主義の背景にったのですね。
システムエンジニア(SE)を目指されたのはその頃でしょうか。

Joke:通っていたのが商業高校で、
当初は税理士になろうと思い、簿記1級を取得した。
ところがすぐに働くには税理士の資格取得には時間がかかると分かり、SEの道に転身した。
特にパソコンが好きなわけでもなく、入社時はダウンロードという言葉も分からなかった。
でも、システムを本気で極めるなら、豊富に仕事がある東京に行こうと決めた。

ーー若手社員のときはどんな感じだったのですか。

Joke:入社2か月で、仕事に身が入っていない40歳の同僚を叱りつけた記憶があるよ(笑)
成果を出すという視点で考えれば年齢なんて関係ないからね。
後輩ができてからは、「自分ができていないことを自覚した上で、そこを補うことを意識しながら
しっかり仕事に取り組め」と言っている。
研修一つ受ける時も受け身ではなくて、仕事にどう生かすかを考えて臨むようにって。

ーー人材育成の意識が若手の頃から発揮されているのですね。

Joke:そういえば高校のときから周囲に勉強を教えていたなぁ。
人材育成はもちろん、社員の採用や面接、研修に携わるのは楽しいと感じる。
面白そうな学生に出会って、その子の入社が決まった時は嬉しいし。

ーーJokeさんにとって面白い人とは?

Joke:尋常でない発想をもっている人かな。
科学者も、一見「馬鹿でしょう」というような考えをもっていないとなれない。

ーーJokeさんの発想力も尋常でないといつも思っていますが、
どうやって培われたのでしょうか。

Joke:何に対しても気にかけて、興味をもつようにすることだね。
新人研修で色んな学生や転職者に出会うたびに、
「なぜこの人にはそんな考え方が生まれるのだろう?」と興味をもち探究する。
自分以外の思考を知りたいという気持ちが強いかな。

ーーなるほど。今度は教育観についてお尋ねしますね。
教育者にどんな資質が必要だと思いますか。

Joke:教育者自身が学ぶ姿勢が一番大切だと思っている。
時代に合わせて変化していくものを学び取る姿勢。
例えば、親は「教える・しつける」という目線で考えることが多いけれど、
親自身も「子どもがなぜそんな風に考えるんだろう?」って子どもから学んでいかなくちゃ。
吉田松陰も松下村塾で維新の獅子たちと、互いに学び合うという関わり方をしていたんだと思う。
人から学ぶと、自分も進化できるし、周囲の人の成長にもつながるし、
ゆくゆくは自分を越えた後進を生み出すことにつながる。
だから、興味をもった相手なら年下でも師匠だと敬う。
教える対象者に興味をもって、相手目線で伝えると、
相手も受け入れやすくなると経験上考えているよ。

ーーだからJokeさんの言葉って心に響くのでしょうね。

Joke:周囲から「こんな社会人に出会ったことがない」とよく言われる。
気負わずに、ありのまま真実を伝えるからだろうね。
例えば、会社に不満を抱えている同僚がいたら、
「会社のために頑張れとは言わない。
そのかわり、自分が転職するときに必要な技術を身につけるという気持ちで取り組め」と言う。
心底思っていることを伝えれば、相手に伝わると信じている。
常に変化し続けて、自分の器を越えたいという思いがある。
何年後かに振り返って「あのときはバカなこと言っていたなぁ」と思いたいんだよね。
そして、死ぬときに後悔して死にたい。
後悔しないってことは自分が満足して死ぬってことでしょ?
モーツアルトもニュートンもアインシュタインも、
死ぬときは「まだ遣り残したことが…」と言いながら死んだんだと思う。

ーーその考え方、面白いですね。
大人の考えに染まらない「子ども心」を保つ秘訣は何ですか?

Joke:言いたいことは言う。そして言ったことは必ずやり切ることだね。
大人って遠慮するし、途中で現実に妥協して諦めることが多いから
その真逆を目指したい。
人の才能や可能性を大事にするっていうのも、有限実行を心がけている。
以前、友達の子どもが気持ち悪い蛾を指さして「取って〜」と言うから
「ひと肌脱ぐか!」という気持ちで捕まえたんだよね。
せっかく蛾に興味をもったのに何もしなければ、
昆虫学者への才能をその子がもっていた場合に、
それを掘り起こすチャンスをなくしちゃうことになるから。

ーーザ・有限実行ですね!
最後に、ワクワクする教育を可能にするにはどうしたらいいか聞かせてください。

Joke:教える側が「本当に興味のあること」を教えることだね。
「私はこんなに面白いと思っているからぜひあなたにも伝えたい」と思っていたら、
相手も身を乗り出して聴くと思う。
常識を打ち破った科学者たちの話は面白い。
それは彼らが本当にワクワクしたことを語っているから、好奇心や興奮が周囲にも伝わっていく。
学ぶ側は、自分の枠を決めないこと、そして言われたことを鵜呑みにしないことが大切だと思う。

☆☆☆☆☆

「相談にのっても見返りは求めない。
去る者は追わずだけど、頼りにしてくれる人を裏切ることは決してない。」

私が20歳のときに彼がメッセージに書いてくれていた言葉にしびれた。

知り合ってからの8年間で直接会ったのは2回だけ。
しかし、彼の放つ存在感は計り知れない。
節目ごとに彼の言葉にハッとさせられたり、支えられたりと、
彼の斬新な発想力と、相手のために本気で向き合う姿勢に何度救われたことだろうか。

インタビューを通じて、
「自然体で人を育てていく静かな情熱をもった人」という印象が強まった。
やりたいことにはどんどん果敢に挑戦する。
興味をもった人から吸収し、変化を愛する。
教育者として不可欠な資質を備えた人なのだと改めて実感した。

「科学や数学の面白さをいつか中学生たちに伝えていきたい」
終わり際に話していた夢を、彼はいずれ、思いもよらない方法で実現させるのではないか。
そして、そこから好奇心の芽を爆発させる子どもたちが増えていく。
私はそう信じている。
posted by メイリー at 22:15| インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月29日

一人一人の可能性を開花させるキャリアカウンセラー file.49(後編)


☆前編はこちら☆

ーー人生は、記憶を取り戻す旅なのですね。
こうした葛藤を抱えてきたこと、そして解放されたことは
キャリアカウンセリングにもつながっているような気がします。

早苗:そうですね。どんな悩みに対しても、その片鱗にふれられるというか、
人のつらさがわかることが多いですね。
自信をもてない気持ちや、よく見せようとして自分を見失っている状態とか。
自分もそうだったから「あぁ、この人の本当の心の闇はこれかな」というのが感じられたりします。

ーー見えすぎてつらい、ということはありませんか。

早苗:つらくなることはないですね。
相談者の悩みを解消するためにできる限りのことで関わりたいと思うんです。
カウンセリングにくる人や、相談してきた友人の悩みの本質がわかったからといって
すぐにアドバイスするわけではなくて、
その人自身が自ら理解されるフェーズやタイミングがあると思うので、
その時に言葉を届けるようにしたいと思っています。」
魔法をいつ使うかという感じでしょうか(笑)

ーーリクルートエージェントに転職されたのも、
早苗さんのミッションに自然と近づいていたのでしょうか。

早苗:転職はご縁に導かれた形でした。
リクルートエージェントに入ったのも、転職相談に行ったら
「キャリアカウンセラーに向いているから一緒にやりませんか?」と誘われ、
仲の良かった先輩に紹介されたのがきっかけでした。
そういえば就職活動時代からメールで他大学の学生の相談にのったり、
GAP時代でもアルバイトの学生の履歴書を添削したりしていたんです。
報酬を得られるかに関わらずついやってしまうことが天職であり、
命の使い道なんだと思います。

ーー命の使い道ですか。
キャリアカウンセラーをやっていて、やりがいを感じる瞬間ってありますか。

早苗:転職相談にくる方は「自分なんてダメ」と自責の念や
マイナスのオーラをもって訪れることが多いんです。
お相手の話に耳を傾けながら、その人が本来好きなものを一緒に見つけていき、
面談の最後には「私は本当はこれがやりたかったんだ!」と、パッと明るい表情で帰っていく。
その瞬間に立ち会えたときに、この上ない喜びを感じます。
日本の教育は減点法というか、人の足りないところやマイナス面を埋めようという方向に傾きがち。
ですが、私は「人はみんな素晴らしい」と思っています。
だって赤ちゃんって素晴らしいところしかないでしょう。

今までは、相談者の「傍を楽にする=働く」特徴を見つけるのが自分の使命だと思っていましたが、
最近は「自分を肯定的に見るサポート」をするのが使命だと思うようになりました。

以前、CDAの理事にお会いしたときに
「キャリアカウンセリングの本質はアドバイスやマッチングではない。
クライエントが自分を肯定的に見られるように一緒に歩んでいくことが根本だ。」と語っており、
まさにその通りだと思ったんです。
そんな思いで年間500名のキャリアサポートを8年続けていると、
人間の法則が見えてくるように感じます。

ーーそこからフリーランスになられたのはどんな経緯があったのでしょう。

早苗:2013年の3月まで生まれてきた理由を初めて真剣に考える新卒のポテンシャルの開花に関わりたくて、
京都ジョブパークで新卒の就職支援に関わりましたが、
就職支援の手法や組織へ違和感を抱いていて…。
今までの自分の経験ややりたいことに純粋に人生を選択してみようと4月からフリーランスになりました。
そんな時、full bloomの仲間となるメンバーと出逢い、
目指す方向性があまりにも似ているねと意気投合し
その夜のうちにfull bloomを結成しようという話になりました。
団体名には「一人一人、たった一度きりの人生を自分らしく咲き誇ってほしい」という4人の願いをこめました。

ーーその夜のうちにですか…!
full bloomではどんな活動をされているのですか。

早苗:大学生から30歳までがターゲットで、
「本音で話せる場」をつくり、参加者が自分を見つめ直すワークを行っています。
力を入れているのは「自分の個性と可能性の種を見つける1泊2日のBeing Camp」です。
「そもそもどんな子供時代だった?何が好き?」などと
自分の根本を初対面の仲間と見つめに行く2日間。
参加した人たちは、その後、人生を前向きにとらえて自分らしい道を歩き出していきます。
大学生向けのキャンプですが、若手社会人向けの内容も開発していこうと思っています。
「ありのままの自分にOKを出せる人生」を一人でも多くの人に送ってほしいという思いをこめて。

ワーク風景‗西尾早苗さん_up用.jpg

ーー社会人向けのキャンプができたらぜひ参加したいです。
早苗さんはしなやかで豊かな感性をお持ちだなぁと感じているのですが、
その感性はどんな風に培われたか教えていただけますか。

早苗:自然と接する中で培ってきた面が大きいでしょうか。
小さい頃から両親に海・山・川やアウトドアに連れて行ってもらいました。
社会人になってからはスキューバダイビングも。
生け花をしていた経験からも学ぶものが多かったです。
「この花は隣にある別の花を引き立てるためにある」とか
「枯れ葉すら美しさを秘めている」といったことを吸収する中で、
「側(がわ)ではなく自然そのものを観る」ようになり、
人間も自然の一部なんだと改めて感じるようになりました。
Being Campでも必ず自然に行く機会があるんです。
インスピレーションに従って自分を表すものを自然の中から拾ってくるというワークを行います。

ーー最後に、自分をなかなか肯定的に受け止められないという人に対して
メッセージをお願いします。

早苗:一番伝えたいメッセージは「一人一人が素晴らしい」ということ。
自分を解放し、自分のことを好きになれば、人に依存しなくても済むんです。
私は昔、心の隙間を誰かに埋めてほしいという感情を抱いていましたが、
本来、自分の心は自分で支えるものなんですよね。
自分の魂が喜ぶことに素直になって、ポジティブなコアの部分がつながり合う。
そんな未来をつくるお手伝いをしていきたいと強く思います。

☆☆☆☆☆

相談者と共に光の差す方向を目指していく強さが
早苗さんの表情や声にあふれていた。

両親のことを気にし続け、いい子でいなくては…と
自分の心の声を抑えてきた過去があるからこそ、
人一倍、人の心の闇に寄り添うことができ、
解き放たれた瞬間の喜びを分かち合おうと思えるのだろう。

「自分の魂が望むことをやっていると、障害はなくなっていく」
この言葉の重みが大きすぎて、インタビュー後は自己との対話をせずにはいられなかった。

どの人にも、何物にも代えがたい素晴らしさがあり、
生まれ持ったミッションがある。

そんな大切なメッセージを多くの人に親身に届けていく姿に、心を揺さぶられた。

早苗さんに、私がインタビューを始めた背景を語る中で
「インタビューを通して、自分の生き様を前向きにとらえることができ、
インタビュー記事を読んだ人も、多様な生き様を鏡にして、
自分らしい生き方を目指せるようになる」という理想の世界観を
言葉にしていくことができた。

心の扉を開かせてくれる魔法にかかったような時間。

早苗さんに出逢えてよかった。
相談者たちはきっと皆、そう思って、魂が喜ぶ道を切り拓いていくのだろう。
posted by メイリー at 23:42| インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月28日

一人一人の可能性を開花させるキャリアカウンセラー file.49(前編)


大浦早苗様02.jpg

フリーランスキャリアカウンセラーの西尾早苗さん。
「“自分らしさ”や“在り方(Being)”を大事に生きてほしい」
そんな願いのもとにつくられた団体 full bloom(NPO法人申請中) で、
大学生や若手社会人が自分らしく咲き誇る生き方を見つめるための活動に携わりながら、
人材紹介業や採用の面接官代行、そして個人事業としてキャリア相談を行っている。

リクルートエージェント(現:リクルートキャリア)にて5年間キャリアカウンセラーを務め転職先の斡旋、
京都ジョブパークにて大学生の就職支援にも関わってきた。

就職や転職を支援するという言葉に入りきらないカウンセラー。
ここまで人の本質を見抜き、人の心に寄り添い、
そして、その人の可能性が開花する道を言語化できる方がおられるなんて…!

天性のキャリアカウンセラーには、
実はつい数年前まで解放されない葛藤と闘ってきた過去があるという。
彼女は葛藤をどのように乗り越えていったのだろうか?

☆☆☆☆☆

ーーこれまでの経歴を教えていただいてもいいですか。

西尾早苗さん(以下敬称略):新卒でGAP JAPANに入社し、5年半勤めていました。
副店長の立場で、人・モノ・金の管理を行う仕事です。
具体的にはパート・アルバイトの教育やマネジメント、経費削減、店舗のレイアウトの設計ですね。
GAPとの出会いは外資系企業の説明会。
当時最年少店長だった25歳の方が「自分の力を最大限発揮したい人は来て下さい」と語っていて、
その言葉に心を動かされ、入社を決めました。

ーー就職活動の軸は何でしたか。

早苗:相談にのることで相手が少しでも元気になる仕事というのが軸でした。
当時就職氷河期で女子大卒、英文学科だけど英語がしゃべれる訳じゃない。
そんな私は雇ってもらえるのだろうかと思っていました。
私に出来る事って何かな?と聞いてみたら友人から
「相談にのってもらえて元気が出た」と言われることが多かったんです。
人事や、住宅の営業、親御さんのニーズを丁寧に汲み取る子ども服の販売員など、
人の相談にじっくり乗る仕事内容であれば業界問わず様々な会社を受けていました。
「やりたいことが見つからない」という就活生によく会いますが、
「何をすれば人の役に立てるか」という視点で探せば、比較的すぐに見つかるのになぁと思います。

ーー相談にのるというのが早苗さんの軸だったのですね。
小さい頃はどんな子でしたか。

早苗:まわりの人を放っておけない子でした。
暗そうにしている人がいたら迷わず声をかけるような。
実は小さいころに両親が離婚をして、母は再婚後も初めは仲が良かったのですが
10年ほどした頃から折り合いが悪くなりました。
家の中では、雰囲気が悪くならないように気を遣っていたり、
二人の弟たちが両親の喧嘩に動揺しないように、気にしていました。
また父親も母親も大切だし、どちらの味方にもつけなくて、常に間にはさまれる存在でした。
でも、端から見たら、アクティブで元気な子という印象だったと思います。
もちろん、毎週のようにバーベキューや自然に連れて行ってもらったりと親から愛情を受けて育ちましたが、
子供時代に自分のことに熱中したり趣味をもったりと、特別何かに夢中になった経験ってないんです。

ーー中学生や高校生になっても?

早苗:そうですね。バレー部に入っていましたが、やりたいという強い意志があったわけではなく
「背が高いからバレー部かな」といった理由でした。
おそらく家庭環境のことばかり気になって、自分自身に矢印を向ける余裕がなかったのでしょうね。
普段は社交的だし友人にも囲まれている。
でも「嫌われていないかな?」と気にしすぎたり、逆に友人にキツく言い過ぎて仲間外れにされたりして。
両親の不和という問題からか、
「私は実は愛されていないんじゃないか」という不安が根底にあったんだろうなと思います。
今では育ってきた中で養われたことや、やりたいことにこだわりがないからこそ、
「人の背中を押すのが自分の役割」だと気づいたし、今の自分につながっていると思えます。
大学時代は「この心のモヤモヤはどこからくるんだろう?」と心理学やスピリチュアルの本を読み漁っていました。
今思うと、答えがどこか外にあると思っていたんでしょうね。
本当は自分の中にあるのに。
CDAの資格取得をきっかけに発達心理学やカウンセリングについて勉強をし、
徐々に自分の心の成り立ちを知り始めた31,2歳になって、やっとこそ葛藤から解放されたんです。

ーー葛藤から解放されたきっかけが、あったのでしょうか。

早苗:きっかけは二つありました。
一つはアートセラピストとの面談。
心に浮かぶ絵を自由に描く機会があり、
突き刺さる母親と仮面をかぶった私の絵を描いている自分を客観視しました。
ちょうど親が2度目の離婚をする時期でした。
当時はずっと「いい子」だったので、親からの電話は必ず取っていました。
ですが、あまりに両親それぞれからの言い分を聞いてほしいと頻繁に電話がかかってきて限界を超えたのか、
自分のしんどいという気持ちを優先して電話を取らないという選択をしたんです。
自分にとっては母親の期待よりも自分の為に行動するという初めての選択だった気がします。
二つ目のきっかけは、当時つきあっていた人との婚約を解消したこと。
親の期待に応えなきゃという思いもあり、
「私もうすぐ結婚するから幸せやねん」と友人たちに話していました。
でも、「本当にこれでいいの?」という思いがつきまとっていた。
彼の気に障る言動をするとキツく当たられることが重なっていたのに、
「私が我慢すればうまくいく」と思い込んでいたんですね。
30年近く自分の心の声に耳を傾けて来なかったからか、
本当はしんどいという思いに蓋をしていたんです。

でもある日、友人に本音を打ち明けたら「こんなに我慢しなくてもいいんだ」ということに気づきました。
私の応援者である父親に「早苗が一番幸せにならなどうするんや。」と言われ、
「自分は親からも友人からもこんなに大切に思ってもらっていたんだ」と知って、自分を大事にしようと。

ーー「自分を大事にしよう」と…。

早苗:これまで勝手に人からの目線を気にして「好き」の基準を制限していました。
誰もいない一人暮らしの家で「OLがこんな番組を見ちゃだめだよね」とか。
でもこの二つの出来事を機に、自分を縛りつけていた枠から解放されたとたん、
人生が好転していって、すぐに夫にも出逢え、同じ志をもったfull bloomの仲間にも出逢えたんです。

悩みの渦中にある人は、自ら問題を引き寄せているところがあるのでしょう。
逆に、自分の魂が望むことをやっていると、
障害はなくなるというシンプルな事実を自分の人生で体感しました。
赤ちゃんを授かってから最近こんな風に思うんです。
人間は「こんなことを成し遂げたい、こんなことで人の役に立ちたい」というミッションをもって生まれてくる。
地上に生を受けると、その記憶は消されてしまう。
でも育っていく中で、興味の欠片を見つけ、得意なことが分かってきて、
何で役に立てると自分の存在意義を感じるのか
本来もって生まれたミッション、つまり魂がやりたいことの記憶を取り戻していくのだと。
だからそれらが発揮できないことをやっていると疲弊するし、
「あなたが本当にやりたいのは違うことだよ」と本人に気づかせるために
災いがふってくるのだと思っています。

☆後編につづく☆
posted by メイリー at 23:52| インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする