2013年04月19日

職業欄にない職業:自転車旅人の生き方に迫る file.3【前編】

職業旅人として世界を自転車で旅するサイクリスト、西川昌徳さん。

2011年は福島にてボランティアセンタースタッフなど復興支援活動を行う。
2012年4月ネパールより「ぼくの地球を走る旅」再開。
ユーラシア西端ポルトガルまで日本の小学校の児童と世界をつなぐスカイプ交流会や、
小中学校での講演活動を実施しながら自転車旅を続ける。

西川さんのブログ:ぼくの「地球」を走る旅
http://ameblo.jp/masanori0615/

これまで一度も周囲でお聞きしたことがなかった「職業」を名乗る彼の「背景」に迫りたいと思う。

☆☆☆☆☆

ーー「自転車旅人」という職業名は初めてお聞きしましたが、
小さい頃から「自転車」に乗られていたのですか。

西川(敬称略):実は自転車は後付けなんです。大学時代は工学部だったのですが、
ファッションが好きでファッション誌をよく読んでいて、
「世界のおしゃれさんのスナップ写真」を目にして、カッコいいなと。
世界の街に行けばこんな人たちに会えるのではと思い、
大学2年生のとき、初の海外旅行で、イギリスのロンドンに行きました。
けれど、英語がほぼ通じず、一期一会がたくさんあったのに、会話の輪に入れなくて
「何しにいったんやろう…」という気持ちになりました。
そこで、バックパッカーを始めて、海外で買い付けた服をフリーマーケットで売ったりして、
最初はバイヤーになりたいなと思っていました。

ーーそれが海外に興味をもったきっかけだったのですね。
そこからいつ「自転車」が登場するのでしょう?

西川:ようやく登場します(笑)ひとつは、オランダのユースホステルで、
ある日本人のおじいちゃんに出会ったこと。
なんと「自転車で仲間とドイツまで走るんだ」と言うんです。
「国をまたいで自転車で旅をする」という発想に、
本当に驚きましたし、カッコいいなと思って。
自転車で世界一周をしている人にも会ったり。
もうひとつは、バックパッカーをしていて、日本のことを聞かれても、
自分が住んでいた姫路や徳島のことしか知らないから、
「まずは日本を自転車で旅して日本のことを知ろう」と思ったんです。
やがては「世界を自転車で旅する」ようになりました。

ーーそのおじいちゃんのバイタリティーはすごいですね!
自転車での旅を始めるにあたって、不安はありませんでしたか。

西川:もちろんあります。自炊しなきゃいけないし、泊まるところもほとんどないし、
気持ちがノッていないと、なかなか続けられないんですよ。
ですが、僕は一人になると不安に押しつぶされる傾向にあるので、
あえて「自転車で旅する」という状況に身を置くことで、
生きている実感がわき始めるんです。

ーーあえて厳しい環境に身を置く、ですか。

西川:そうです。自転車で旅をすると、
電車やバスではなかなか出会うことができないその土地本来の暮らしが見えてきます。
そしてそこに住む人々との出会いがあります。
時には電気がない村や、宗教的な理由で苦しい立場にある国にも滞在します。
日本の生活と比べると明らかに大変なはずなのに、
なぜかそうした人たちの方が生き生きしているんです。
自分にとって「その土地で生きる人々」との出会いも旅の大きな目的のひとつとなっています。


ーー日本にいると出会えない「一期一会」が
モチベーションの源泉になっていったのでしょうね。
「職業」にすると決意されてから、旅に対しての思いに変化はありましたか。

西川:そうですね、最初は「自分のため」に旅をしていたのですが、
徐々に旅が「日常」になってしまって。
そんな中、自転車に乗ると自分を客観的に見つめ直す時間が多いので、
「生きるとは?」「仕事って何?」といった問いと向き合っていました。
子供時代を振り返ったとき、
自分は「やりたいことを言い出せない子供」だったことを思い出しました。
周囲の大人は「自分で夢を決めていいよ」と言いつつも、
「良い成績を取って有名企業に入るのが大事」というメッセージを無意識に発信していて。
子供の頃からそれが疑問で、「職業への不安」と常に戦っていた気がします。
だから、「今の自分のような、人と違った生き方を小学生に聞かせたらどうなるだろう?」
という思いが心に浮かびました。
自分が旅で感じたこと、学んだことを子どもたちにも伝えたいという思いから、
小中学校で講演会をするようになりました。

☆☆後編につづく☆☆
posted by メイリー at 22:41| インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする