2013年04月26日

与えられた使命を全うすることで、自分だけの星座ができる file.4

鉄道会社の新規事業部に籍を置く、Mさん。
厳しい試験を突破して、鉄道の運転士を務めた。

現在は新しい事業の立ち上げに関わろうとしている。

「仕事が楽しい」
「いつかは国語の教師になりたい」
会うたびに彼女が見せる「生き生きした笑顔」の背景と、
鉄道会社で働きつつ、将来教師の道を目指すという
「異色なキャリア志向」に迫りたいと思った。

☆☆☆☆☆

ーー今の会社に決めた理由は何だったのですか。

M(以下敬称略):就職活動をしていたときに、この会社の風土が気に入って。
風通しがよくて「みんなで頑張っていこう!」という空気を感じました。
仕事内容よりも「この人たちと一緒に苦しい壁も乗り越えられるか?」という感覚的なものが、会社を選ぶ基準でした。
実際、素晴らしい先輩方に恵まれ、同期とも家族みたいに仲良しなんです。
そして、地元でいつか働けるかどうか、という点も大事でした。

ーー地元の会社から選ばれていたと?

M:そうなんです。家族ができるだけ地元にいてほしいと言っていて。
最初は「制限がある」ととらえていましたが、
「与えられた環境で楽しみややりがいを見つける」というのが自分の方針になりました。
どこにいっても100%満足なんてありえないですし、何かしらの制限は誰でもあるのだと。
今の仕事でしっかり役割を果たしてからの話になりますが、
いつかは「国語の教師になりたい」という夢をもっています。

ーー教師になるという夢は昔からあったのですか。

M:小学校からの頃からずっと「教師になりたい」と思っていました。
両親とも教員だった影響もあるかもしれません。
一番影響を与えたのは、これまで出会ってきた素晴らしい先生たちとの出会いですね。

ーー特に影響を受けた先生のお話を聞かせていただけますか。

M:中学時代の学年主任をしていた女の先生ですね。
3人のお子さんの子育てをしながら、定年まで教師一筋という方でした。
教師の仕事を常に心から楽しんでおられるのが生徒から見ても明らかで。
登山もするしトライアスロンにも挑戦するし、アクティブな先生でした。
進路相談にも親身にのってくれるし、
困ったことがあっても、先生に打ち明けたらすぐに解決の方向へと動いてくれて。
この前、久々にお会いしたのですが、現在は外国人向けに日本語教師をされているようです。
今思うと、「こんなに燃えるもの」をもっている先生に影響を受けて、
「人の役に立てるライフワークを自分ももちたい」と考えるようになったのかもしれません。

ーー「心から楽しんで仕事をしている大人」が
「教室」という一番身近な社会にいらしたのですね。
高校時代の先生では、いかがでしたか。

M:国語の先生で、本当に生き生きと教えてくれた先生がいます。
本当に「授業力」が高い先生で、知識が深い。
1つのことから10個の引き出しが開かれるような。
古典を読んでいく中で、時代背景など
「高校生でも背伸びすればわかる知識」をプラスアルファとして
教えてくれたので面白かったですね。
最近お会いしたら
「実は、自分でも納得のいく思い通りの授業ができるようになるまで10年かかった」と
明かしてくださいました。
それだけの試行錯誤を重ねて、奥深い授業が生まれるのだなぁと。
「教師は人生を賭けるに足る職業」という思いが、自分の中でますます強まりました。


ーーそうした授業によって、「国語の教師になりたい」という
目標意識が高まっていったのでしょうね。
Mさんご自身はどんな子ども時代を過ごされていたのですか。

M:実は小学・中学生の頃は、音大を目指してピアノの練習に励んでいました。
クラスで合唱するときも、私はいつもピアノの伴奏担当。
でも中学の卒業式で、先生から「今回はみんなと一緒に唄ったら」と言われて、
そのときはショックだったんです。
でも後で思うと、「全員で唄う感動」を味わわなかったことを反省しています。
「私はピアノのプロを目指しているし、特別」という
妙なプライドみたいなものがあったんでしょうね。
その後悔があって、高校に入ってからは「みんなで力を合わせてやること」に挑戦したくて
吹奏楽部に入部しました。

ーーそうだったのですね。吹奏楽部に入って何か気付きはありましたか。

M:何もかもが新鮮でした。色々な楽器の音の中に自分が担当していたオーボエの音があって、
みんなで1つの音楽を作りあげていくって楽しいんだなぁと。
自分だけでは出せない豊かな音色を出せること、
人と協働することで初めて感じられる達成感があることを体感しました。

ーー「チームで何かを成し遂げる」ことの楽しさを味わった高校時代だったのですね。
大学時代はほかにも挑戦されたことなどありますか。

M:京都で一人暮らしを初めて、視野がぱぁーっと広がりました。
「京都」という環境だからこそ試せることに挑戦したいと思って、
日本舞踊を習いに行きました。
それを機に、舞妓の格好でお祭りの行列に参加させてもらいましたし、
日本のことを知ろうという思いから、お寺でアルバイトをしたことも。
日本の芸術や伝統にふれていたからこそ、ロンドンの短期留学にいったときに、
ホームステイ先の人に着物を着せてあげて喜んでもらえたんです。
「好きなこと」で人が喜んでくれるときって、本当に嬉しいなと。

ーー本当に色々な活動をされていたのですね。
これまでに進路などで迷われたことはありますか。
そのときはどんな風に決断されていったのでしょう?

M:大学時代、専攻を決めるときに、
国語が好きだから国文学にするのか、フランス文学にするのか迷っていましたが、
決めるときは「直感」を信じます。
なんとなく「こっちの方が成長できそう、ワクワクする」というアンテナが立つんですね。
うまく説明できないのですが。

ーーなるほど。現在の会社では鉄道の運転に始まり、様々な事業に携わって、
そこからいずれ教師を目指すというのは、一見すると、異色なキャリアのようですが、
これまでの経験を、「教師になってからこんな風に活かしたい」というのはありますか。

M:そうですね、色々な生き方を子どもたちに伝えたいという気持ちがありますし、
私に影響を与えた先生方のように、
どんな経験も、いつか子どもたちに教えるときの引き出しにしていけたらと。
そして、今与えられた役割を果たさないと、
次のフィールドにいけないのでは、とも思っています。
1つ1つの経験は「点」だけれど、最後に振り返ってみると、
線でつながって「北斗七星」ができるかのように、
みんな意味があって、「私の星座はこれだったんだ!」と分かるのが理想ですね。
そう思うと、1つ1つの星を光らせておかないと。
今の子どもには「希望が少ない」と言われますが、
「幸せそうに働く大人」があまり提示されていないだけで、
そうした大人を見聞きする機会が増えれば変わっていくのでは、と思っています。

ーーそうしたメッセージを生き生きと伝えてくれる先生って、素晴らしいですね!
最後に、少し個人的な質問になりますが、
今後子育てをするとしたら、どんなことを子どもに伝えたいですか?

M:一人ではなく「みんなと協力してやる」という経験を早くにしてほしいですね。
「一人ではできないことがある。
周りの人に支援されているということへの感謝の気持ちをもっていてね」と
伝えたいです。


☆☆☆☆☆

教師の存在が、子どもたちに大きな影響を及ぼしうるということを
改めて実感したインタビューだった。
身近に「幸せそうに働く大人」がいることで、
子どもの将来の選択肢や希望が広がっていくのだと。
私自身、高校の英語教師に憧れて、教育実習も実際に経験したが、
彼女のように「一度、教師とは違う経験を積んでから、教師を目指す」というのも、
多彩な生き方を子どもたちに提示するという意味で、素晴らしいことなのだと思った。

彼女が高校時代の部活で得た「みんなで一つの音楽を作り上げる」という経験が、
「一緒に目標に向かって走っていく仲間」を重視するという
会社選びの軸にもつながっていると感じた。
一貫して「与えられた環境で、与えられた使命をしっかり果たす」
「人のためになることを考えながら、好きなことに取り組む」
という話をされていたのも印象的だった。

大きな決断を前にして「直感を信じる」とおっしゃっていたが、
「どんな経験からも何かを学び取り、ポジティブに意味づけていく」という彼女の姿勢が、
彼女の直感を、鋭く研ぎ澄ませているのではないだろうか。

彼女は今日も、「未来の生徒たち」を想像しながら、
目の前の「星」を輝かせていることだろう。
posted by メイリー at 00:06| インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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