2013年06月27日

目の前の人を大切にする未来の通訳案内士 file.13

NPOの勤務を経て、現在、通訳案内士を目指している近藤翼さん。
テレビ番組の通訳や、国際会議の進行スタッフを務めたりと
活躍の場を増やしている。

「彼のネットワークは本当に広くて、人をとっても大事にしている」という話を聞き、
そんなに多くの人たちに慕われている理由や、
そこに至るまでの過程を辿りたいという強い思いに駆られ、京都へ旅立った。

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ーーこれまでの経歴についてお聞きしてもよいですか。

近藤(敬称略):大学卒業後、人材業界の会社に契約社員として入り、
研修中に「淡路島プロジェクトに入ってみない?」と誘われました。
淡路島活性化・地域アピールのための企画をしたり、
実際に農園をトラクターで耕したり、事務仕事をしたりしてました。
その後、メンタルヘルス関連のNPOで1年活動しました。

ーーNPOで働くという道は身近にあったのですか。

近藤:以前から「スペシャルオリンピックス」という
知的障害者のスポーツを支援するNPOで活動をしていたので、
NPOという選択肢は自然にありました。

ーー「スペシャルオリンピックス」の活動にはいつ出会われたのですか。

近藤:10〜12歳の頃、親の仕事の都合で
アメリカのフィラデルフィアに住んでいたんです。
ある日現地のおじさんたちがサッカーの練習をしていたので
まぜてもらっていたら、それが「スペシャルオリンピックス」の活動だと知って
調べ学習の授業で詳しく探索するうちに、興味深い活動だと思いました。
高校3年生のときに、長野で行われたスペシャルオリンピックス冬季世界大会で、
運営のボランティアをしました。その後、大学生になってから京都で月1,2回、
知的障がいのある方々とサッカーをしていました。
アメリカ生活で培った英語力を生かして世界大会に関われるのは嬉しかったですし、
色々な人と繋がることができました。

ーーそれはやりがいにあふれていますね!
大学生になられてからは、どんなことをされていたのでしょう。

近藤:色々なテーマに興味があって、幅広く学びたいので社会学部を選びました。
4回生の頃、躁うつ病が再発して半年休学したんです。
就職も決まっていましたが断ることになって。
高校のときに発症して、両親には色々と心配をかけてきましたね。
両親に感謝すると同時に、その時々でやりたいことをやろうという思いも芽生えました。
大学時代は外国をあちこち旅しました。
ドイツに1ヶ月語学研修に行って、周辺諸国を一人旅したり。
あと、「ハビタットフォーヒューマニティー」というNGOの支部が同志社にあり、
インドネシアに約2週間滞在して、
家を必要とする現地の人々と力を合わせて家を建てるという活動に参加しました。
ジャワ島中部地震の復興支援にも携わらせていただき、
現地の大工さんたちと一緒に、家の材料となるセメント作りや
レンガを積み上げる作業に関わりました。

ーーそんな経験があったのですね…。
今後はどんな職業に就こうと考えておられるのですか。

近藤:通訳案内士を目指して勉強中です。
学生時代、外国人に英語で京都をガイドしていたこともあり、
「英語で日本の魅力を伝えたい」と考えています。
日本の文化、地理や歴史に精通していないといけないので日々勉強です。
また、結婚式の文化やおもてなしの心を学びたいという思いから
土日は結婚式場でアルバイトをしています。
最近は友人の紹介で、テレビ番組の通訳や、国際会議の進行スタッフといった
英語を生かした仕事もさせていただいているので、
今後もこうした機会を増やしていきたいです。

ーーテレビ番組の通訳ってすごいですね!通訳案内士の夢、ぜひ実現させてください。
「近藤さんは人との繋がりが半端なく広い」と伺っているのですが、
その理由は何だと思いますか。

近藤:そうですね、「目の前の人を一人一人大切にする」ことを心がけているからでしょうか。
目の前の相手に「気持ちよく過ごしてもらいたい」という気持ちが強くて、
会話しているときも丁寧に聴くことを心がけています。
1年間住んでいたシェアハウスの家族からもらった寄書きにも
「人を支えるための行動を惜しまない」と書いていただきました。

ーー近藤さんの素晴らしいお人柄を表しているのでしょうね。
そんな風に心がけるようになったきっかけがあるのですか。

近藤:二つあります。一つは高校の担任だった恩師の影響です。
病気を発症したとき、数ヶ月学校を休むことになり、進級が危ぶまれていましたが、
「みんなと一緒に進級したい」という僕の気持ちを汲み取って、
補習などで対応できるよう職員会議で掛け合ってくださいました。
そのおかげで無事進級できました。
実は先生は僕が大学生の頃に癌で亡くなられたんです。
癌のことを隠して生徒たちのために教師職をまっとうされたと知り、ショックでたまらず、
自分のために奔走してくれたことに対する感謝を
ちゃんと伝えられていなかったことを後悔しました。
それ以来、感謝の気持ちを都度伝えていこう、
目の前の人を大切にしようと心に決めたんです。

ーー素晴らしい恩師との出会いがあったのですね。もう一つの理由は何ですか。

近藤:二つ目は、京都のガイドをしたイタリア人夫婦の影響です。
自分がイタリアに行くときに再会したのですが、
3日間泊めてくれて、美味しいご飯をふるまってくれて、観光に連れていってくれました。
そして美味しいコーヒーを日本でも味わえるようにと、
エスプレッソを作る機械をお土産にもらいました。
「なぜこんなに親切にしてくれるの?」と尋ねたら
「翼が日本でとっても親切にしてくれたから、 今度は私たちがもてなすのは当然だよ」と。
そのとき、感謝の気持ちは言葉だけでなく、行動で示すことが大切なのだと気付かされました。
「ご縁を大切にしよう」という思いも強まりました。

ーーなんて素敵なご夫婦。そしてそれを実践しておられるなんて、本当に尊敬します。
最後に、やりたいことを見つけるためにはどうしたらいいと思いますか。

近藤:僕はこれまで、出逢った人やお世話になっている人から誘われて
何かを始めるということが多かったのですが、
少しでも興味があったらまずやってみることですかね。
ある人から「やりたいことがある人の側にいて、その人を応援することで、
自分もやりたいことが見つかる」と言われたことがあり、まさにその通りだと思います。

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初対面とは思えないほどの安心感に包まれたインタビューだった。
どんな人も受け入れる優しさと、
どんな状況でも意味を見出し自分の糧にしていく強さを持ち合わせた凛々しい笑顔。

「目の前の人を大事にし、それを言葉と行動で示す」
これは口にするほど簡単なことではないはずだ。
だが彼は、常に真心をもって人と向き合い、その人たちを支援している。
その背景には「偉大」という言葉では足りないくらいの
恩師の存在と、ガイド時代のご夫婦の存在とがあった。

「人に誘われて何かを始めることが多い」とおっしゃっていたが、
人間味あふれる彼を支えたい!応援したい!という人が
彼のまわりにたくさんいるからこそ、
自分らしさや強みを発揮できるチャンスが引き寄せられていくのだと思った。

ご縁がつながって、かけがえのない絆があちこちでできていく。
そんな素敵な世界を紡ぎだす通訳案内士が、もうすぐ誕生することだろう。
この素晴らしい出会いを末永く大切にしていきたい。
posted by メイリー at 19:32| インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする