2013年07月12日

働きがいを感じられる社会実現を目指す起業家 file.15(前編)

コンサル・専門商社・社会起業大学の事務局勤務を経て、
2012年から「働く全ての人が働きがいを感じられる社会の実現」というミッションを掲げ、
株式会社カイラボを設立された井上洋市朗さん。
早期離職者100名へのインタビューとアンケートをもとにした「早期離職白書」を拝見し、
起業に至るまでの過程と、学生時代に培ってきたものを知りたいという思いに駆られ、
インタビューをさせていただくことになった。

☆☆☆☆☆

ーー「早期離職白書」はリアルな声が満載で夢中になって読んだのですが、
100名の方をどのように集められたのですか。

井上(敬称略):主にFacebookを通じて友人の知り合いにお願いしました。
友人の知り合いということで信頼してもらえましたし、
私自身が新卒で入った会社を1年10ヶ月で辞めたことを伝えると、
自己開示していただきやすくなったと思います。
うつ病などの精神疾患の経験がある方が20名近くいらして、
その方々のお話は特に衝撃的でした。
私も最初の会社で精神的ダメージを負ってしまった経験があるので。

ーー井上さんのこれまでの経歴については、
「起業奮闘日記」のブログに詳しく書かれていますが、
社会起業大学の運営に携わろうと思った経緯について、教えていただけますか。

井上:コンサルティングの会社から専門商社へ転職した直後の頃、
時間に余裕があり、物足りなさを感じていました。
コンサル時代は夜遅くまで働くのが普通でしたから。
そこで、資格の説明会や勉強会、セミナーなどに参加していました。
そんな折、偶然社会起業大学の説明会に行って、面白そうだなと思いました。
当時は社会起業家なんて言葉は知らなかったけど、
起業したいという想いは以前からありましたから。
「授業料が高いけど、損したらそれも社会勉強」と入学を決意し、
働きながら通っていました。
入学して2ヶ月くらい経ってから、社会起業大学の代表から
「事務局の運営を一緒にしないか?」と強く誘われ、
1年間の期限つきという条件で、事務局に転職しました。
期限付きだったのは、当時から「2年後に起業する」と周囲に宣言していたためです。

ーー働きながらあらゆる機会を使って向上しようとなさっていたのですね。
いつ頃から起業しようと思っていらしたのですか。

井上:高校生の頃から起業したいと思っていました。
ですから、大学は経営学部を選び、就職活動でも起業に役立ちそうな
ベンチャーやコンサルを受けていました。
2社目はコンサルでは体験できなかった営業、
特にBtoBの営業ができるところという観点で選びました。

ーーそうだったのですね。事務局ではどんな仕事をされていたのですか。

井上:当時事務職は私も含めて3名しかいなかったので、
入社一日目からやることがたくさんありました。
土曜日もオープンセミナーがあるので出社していましたね。
ベンチャー企業なので営業もするし、イベントや授業の企画もする。
会計処理も自分たちでやるので、そういった経験は、起業にも活きましたね。
入社2ヶ月目で、来場者500名が見込まれる講演イベントの運営を任されたこともありました。
営業帰りに代表と二人で飲んで帰って、
夜中にメールで代表と連絡を取り合うなんて日もありましたね。
ソーシャルグランプリという、半年に一度の大きなイベントの責任者として
イベント運営をしたこともあります。
結果的に「一から自分で開拓してやり遂げる経験」を積めたのはよかったですし、
意図していない面もありますが、どこでもやっていける自信ができましたね。

ーーそんな大役を一手に任されていたのですね。
そのときはどんな気持ちで臨んでいたのですか。

井上:「やってやるぞ」という気持ちはあまりありませんでした。
目の前にやるべき仕事があると、
それをいかに効率的に処理していくのかということに関心が強いので、
目の前の仕事に集中していたら、結果的に様々な仕事を任されていたのだと思います。
私は、実は新しいことに挑戦するより、
仕事を枠内でいかに効率よく成し遂げるかを極める方が向いていると思っています。
仕事に対しては「楽しく働きたい」という気持ちが強く、
事務局にいたときは25歳だったのですが、
社会起業大学の学生の約3割は同世代で、その人たちといかに仲良くなるかを考え、
積極的に飲み会に行っていました。

ーー人と接するのが好きなのですか。

井上:実はあんまり好きではないんです。できれば引きこもっていたい(笑)
中学から大学まで陸上をしていたのですが、学生時代からずっと仲の良い友人といえば
ほぼ部活の友人だけですし。
ただ、仕事の関係で飲みに行くのは好きです。
仲良くなることで相互にメリットがあるので。
商社時代「飲みにけーしょん」が当たり前だった影響かもしれません。
また、社会起業大学は起業を目指す人が多いので、
ビジネス的には厳しいことを言わないといけない場面もあります。
年上の方々に注意する際、飲み会から「年下だけど生意気キャラ」で通っていれば、
意外とすんなり受け入れてくれます。

ーー内向きな面をお持ちなのは意外でした。
先ほど高校の頃から起業志望だとおっしゃっていましたが、
そう思うようになったきっかけについて、教えていただけますか。

井上:話は小学生の頃に遡ります。
たまたま家が、東京の名門公立小学校の近くにあったがゆえに、
周囲は中学受験を視野に入れた裕福な家庭ばかりという特殊な環境に置かれました。
僕自身は中学受験なんて考えていなかったのに。
周りの子はほとんど塾に行っていて、学校の勉強なんてできて当たり前で、
その影響か、当時の僕は自己肯定感が低く、友人も少なかったんです。
中学に入ると小学校の同級生はみんな私立に行くので、人間関係がリセットされ、
人並みに足が速かったので陸上部に入りました。
中学時代の陸上はやればやるだけ記録が伸びるし、マラソン大会で優勝するようになって、
次第に自己肯定感が育っていき、
高校も陸上部が強い都立を志望するようになりました。
でも本当は、「もしお金があれば陸上がもっと強い私立に行けたのに」という気持ちがあり、
「お金の有無で選択肢が変わってくる」という事実を目の当たりにしました。
そこで「お金持ちになるには?」という観点から社長になりたいと思いが芽生えました。
ちょうど、陸上のキャプテンをやっていたのも、
とりまとめる立場に肯定的だった理由の一つかもしれません。
「口が達者で背が高いからなめられにくい」というのもあり、
不良の子とも、おとなしそうな子とも、ほどよい距離感で付き合えていて、
学級委員などまとめ役になることが多かったんです。

(後編につづく)
posted by メイリー at 18:07| インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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