2013年09月23日

澄んだ湖のような心で人と向き合うキャリアカウンセラー file.25

平良浩樹さん。
今はなき山一證券に12年勤めた後、個別指導学習塾の人事、
社員教育会社の営業コンサルタントを経て、沖縄へUターン。
小中学生対象の学習塾を運営し、2005年にカウンセラーとして独立された。
現在はCDA(Career Development Adviser)養成講座の講師や、
企業のメンタルヘルスやキャリアコンサルタントとして多方面で活躍されている。


私が平良先生のCDA講座を受けたときに、
「キャリアカウンセラーとしても、講師としてもプロの中のプロ」だと尊敬しており、
「クライエントに寄り添う姿勢」は、プロとしての研鑽はもちろんのこと、
どのような経験から培われたものなのかをお聴きしたいと思った。

ーー平良先生がキャリアカウンセラーの資格を取ろうと思ったきっかけは何でしたか。

平良(敬称略):カウンセラーに興味をもったのは山一證券の子会社に出向して3年目で、
一般職の採用と研修を担当することになったときでした。
都心の女子大生が面接に来るのですが、みんな受け答えが上手いし、淀みなく話してくれる。
けれど深く話を聞いていると
「本当にこの仕事をやりたいのだろうか?」
「当社にどれだけ想いをもっているのだろうか?」と感じることが多々あった。
そこで、企業の人事という立場で若い人を選抜していくのではなく、
彼ら彼女らが自分らしくキャリアを考えられるような支援をしたいと思うようになりました。
CDAの養成講座は、当時の日本にはなく、まずは産業カウンセラーの資格を取りました。
当時は「いつかカウンセリングに携わりたい」というくらいの気持ちで、
資格を業務ですぐに活かせるというわけではなかったです。
ただ、境界性パーソナリティー障害と思しき同僚がいて、周りは怖がっているようだったけれど、
メンタルヘルスのことを学んでいたから、僕は比較的穏やかに対応できたというのはあるかな。
転職先として大手個別指導学習塾からの内定を得たのが1997年6月、同9月末に退社しましたが、
そこから2か月が経たずに山一證券は自主廃業という形で100年の歴史に幕を閉じたという経験もありました。

ーー山一證券で12年働かれて、一番大きな気付きは何でしたか。

平良:“That's Life.(人生ってそんなもんさ)”という姿勢を学びました。
入社3年目でロンドンに赴任した時、日本とは違い経済が停滞する中で、
さびれた設備や施設を目にし「これが先進国か?」とショックを受けました。
一方、雨は多くても、軒下で少し待てば雨は止むことを学んだり、
スーパーのレジでもじっと待つことにもイライラしなくなったりと、
今の状況を受け入れる姿勢が自然と身についていった。
人からだけでなく、自然との向き合い方や、社会との関わり方からも学ぶものって多いんですよ。

ーー自然との向き合い方からも学ぶ姿勢、私も見習わせていただきます。
東京から沖縄にUターンされるときは、どのような心境だったかお聞かせいただけますか。

平良:ちょうど39歳を迎えたタイミングで、親の介護でやむを得ず帰るという感じでした。
「長男だしなぁ。僕が見なくては。」という思いが強かったですね。
沖縄生まれといえど、父の転勤の関係で小学校から高校まで横浜で過ごしていたし、
沖縄に帰っても知り合いはいない。
まさにゼロからのスタートでした。
会社勤めをしながらの介護はなかなか難しく、妻と子どもを養っていくためにも、
自分一人でできる小中学生を対象にした学習塾の経営という選択肢しかありませんでした。
元々子どもの教育に興味があったというわけはなかったですね。

ーーそんな経緯があったのですね。学習塾を経営されてみて、いかがでしたか。

平良:私立受験を目指す塾ではなく、生徒自らが考えることを大事にした個別指導の塾でした。
成績の順位を張り出すことももちろんしない。
こうした教育方針にもかかわらず、塾をはじめて4年目には、
近隣の中学校3校の期末テストで1位を取る塾生が増えてきました。
カウンセラーの資格ももっていますと明示していたので、
成績がよいお子さんだけでなく、勉強が苦手な子や、他で入塾を断られた中3生も毎年のように駆け込んできましたね。
学習塾の経営は学ぶものがたくさんあったけれど、元々カウンセラーをしたいという思いは強まっていった。
丸5年経ったとき、沖縄トップレベルの高校に行く生徒さんも出ていたし、
企業からカウンセリングの話も増え始めたことから、塾を譲渡して、カウンセラーとして独立することにしたんです。
最初は大変でしたよ。塾の収入が一気になくなったので。
ツテを使ってアピールしたこともありました。
すると、沖縄の歴史ある企業で役員をされていた女性が
「社内でカウンセリングルームを立ち上げるので、関わってほしい」と言ってくださって。
実績が1つできると、少しずつ新たな案件がやってくる。
ちょうど、これまでカウンセリングをする中で書き留めてきたことを本にして出版してから、
その内容に共感してくださった方から仕事が舞い込むということもありました。
自費出版は厳しいなと思っていたんですが、ある出版社のコンテストで入選したので、
これなら本を出せるかなと思って。

ーー日本マンパワーさんでの講師を始めたのもその頃でしょうか。

平良:そうですね。先ほどの女性が偶然にも日本マンパワーさんと縁があり、
沖縄でもCDAを広めたいので「講師をやらないか」と提案して下さったんです。
その時に初めてCDAを知り、それから福岡クラスに通ってCDAの資格を取り、
更に講師の養成講座を経て、かつ認定試験にも受かって、講師デビューを果たしました。
ずっと「キャリアを支援するカウンセリングがしたい」と思っていたので、
良い機会に恵まれたと思っています。
それは自分にとって譲りたくないものだったのでしょうね。

ーーキャリアに関するカウンセリングをしたいという価値観につながる経験は
子どもの頃にありますか。

平良:そんなにないかなぁ。学生の頃は部活やアルバイトに明け暮れていましたし。
理系だったけれど勉強もそんなに好きではなかった。
子どもの頃からずっと「言いたいことを言えない」子だったかな。
悩みがあっても家族にすら言えない。
小学校4年生のとき、上級生にいじめられたことがあって、それも親に隠し通そうとした。
でも、やっぱりこらえ切れず涙が出てきて。
すぐに母親が学校の先生に相談してくれて、親も先生もちゃんと関わってくれて、
そこからすぐにいじめはストップしました。
生まれ持った性格傾向に、こういう経験も更に影響して、
「人を否定しない」というのはずっとありますね。
好き嫌いはあるけれど、まずは相手を受け入れるというのを心がけています。
争いたくない、波風を立たせたくないという思いが強く、
極力怒りを表に出さないようにしています。

ーー何でも打ち明けられる方はいらっしゃいますか。

平良:いわゆる「何でも話せる親友」はいないですね。
人には恵まれてきたし、小中の仲間とも今でも交流はあるけれども。
誰とも等距離で付き合うというか。
自分の奥深くの部分を開示しないところと、
他人のどんな面も受容するところは表裏一体なのかもしれません。
妻とも本音でぶつかることは少ないです。
それが常にいいとは思いませんが、私の気持ちより、まずは妻の思いや考えをどう受け取っていくかを優先している自分がいます。
息子や娘とも似たような関係で、その結果ほどよい距離を保っていて、
いい意味で子離れ親離れできているかなと。

ーーそうなのですね。先生はエニアグラムの研究もされていますが、エニアグラムに興味をもったきっかけはありましたか。
気質を9タイプに分けるという考え方、面白いなと思いました。

平良:キャリアカウンセラーの経験を積むにつれ、
プラスアルファの、自分だからこその付加価値をつけたいという思いが強まりました。
たまたまエニアグラムについて書かれた本を読んで、直観的に面白そうだなと。
専門の先生が開いていた東京のセミナーに通いました。
気質の勉強をすると、問いかけのレパートリーも増えるんですよね。
受講者の中には、プロのコーチの方もいて、受講理由を尋ねると
「何年もコーチングをしているけれど、
うまくいくクライエントとそうでないクライエントに分かれるので、
どのタイプの人にも対応できるような力を身につけたいから」とのこと。
いくら卓越したスキルがあっても、スキルの伝え方は無意識に自分の価値観が基準になってしまいがちです。
どんなタイプの人にも響く伝え方を体得するには、
自分の気質を知り、そして他者の気質を知る必要があるのです。
9種類の気質に良し悪しはありません。
自分の気質を受け入れながら、他者の気質も受け入れていく。
I'm OK. You're OK.の考え方ですね。これが気質の成長といえます。
自分と合わない人こそ、自分に足りない成長方向を提示してくれる存在です。

ーー先生はキャリアカウンセリングの際に、
ご自身の気質を出さないように心がけていらっしゃるのですか。

平良:そうですね。キャリアカウンセリングではクライエントの自己概念(自分自身のイメージ)の成長を支援することが大事なので、
カウンセラーの自己概念を前面に出してはいけないですからね。
僕が自分の価値観を前に出さないでいられるのは、親から縛られなかったおかげだと思います。
親が自分の気質を子どもにぶつけすぎてしまうと、大きく分けて2つのパターンになることが多い。
1つは反発しあう関係。
もう1つは、親を表面上は受け入れるけれど常に離れたいと思ってしまう関係です。
キャリア教育の講義などで大学生と接しますが、
学生の中には、親からの影響を必死に受け取りながら、
本来の自分の気質とは合わない進路を選択しようとしている人もいます。
それが一概に悪いことではありませんが、現代の親子の問題と深く関わっているでしょうね。

ーー気質と親子関係への影響についてのお話、とても興味深いですね。
今後の目標を教えていただけますか。

平良:これまで通りキャリアコンサルティングと講師を行いつつ、
CDAを取得した人たちのスーパービジョンや支援にも携わっていきたいと考えています。
CDAを活かせる求人を増やしていくお手伝いもしたい。
僕にとって理想の状態は
「さまざまな気質をもった人が、それぞれの良さを活かして働いている状態。」
そのために、クライエントの気質に合わせた寄り添い方や提案を心がけていたいなと。
みんなが一直線に同じゴールを目指すと棒一本になるけれど、
みんなが色々な角度から同じ方向を目指せば、円錐ができる。
円錐のほうが安定しますよね。

ーー最後に、CDAを目指す人へのメッセージをお願いします。

平良:CDAを目指す人は、「自分にとってのCDA」を追求しすぎず、
クライエントによって柔軟に対応できるプロ意識を身につけてほしいなと思います。
自分にとって「ここまでは合わせられる」というのを明確にして、
経験を積んでいってくださいね。

☆☆☆☆☆

平良先生のイメージは「鏡のような澄んだ湖。」
先生自身の価値観を出さないように、中立の立場で穏やかに
クライエントの感情のひだに沿っていく。
だからこそ、クライエントは先生を鏡にして、
自分の姿を正しく見つめることができる。

色々な仕事の経験を積まれながらも、
「キャリアカウンセリング」という先生の中の軸はずっと保たれていて、
柔軟に形を変えつつも、先生オリジナルのキャリアの核になっていると感じた。

I'm OK. You're OK.
自分を縛り付けていた価値観から解き放たれると、
自分とは合わないと思っていた人からも学ぶものがたくさんあることに気付く。

謙虚で研究熱心で、受講者一人一人を大事に受容した上で
数々の大事な教えを授けてくださった、尊敬してやまない先生から、
「生き方の特別授業」を受けられたことに、感謝の気持ちでいっぱいになった。
posted by メイリー at 21:48| インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする