2013年10月13日

「心がふるえる場」をつくるキャリア支援のプロ file.27

星加 武史さん。リクルートにて飲食店情報誌の営業を経験した後、
『大学生向けキャリア支援』新規事業の立上げを行い、キャリア支援に興味をもち独立。
現在は小学生から大学生を対象にしたキャリア支援講座の設計・ファシリテーター、
企業研修のファシリテーターも行う。
これまで2000人以上の就職支援をおこなってきた彼が、
今のキャリアを歩むようになった背景に迫りたい。

☆☆☆☆☆

ーーリクルートではどのような経験をされてきたのですか。

星加(敬称略):ホットペッパーを岐阜で立ち上げるメンバーになり、
飲食店の新規開拓営業をおこなっていました。
ホットペッパーは月刊誌なので毎月締切りに追われるんです。
編集もカメラマンも営業が兼務で、
クーポンの内容や写真で撮る料理も店長と一緒に考えて、
記事を執筆する怒涛の日々でした。
毎月40件くらいのクライエントとお会いし、取引をするお店がどんどん増えていく。
実は岐阜県って、47都道府県の中でも保守王国らしくて(笑)
地元の人の懐に入りづらいと言われています。
そうした環境で若くから裁量を与えられ、
新しい顧客と信頼を築いていけたのは良い経験でした。

ーーリクルートに入社しようと思ったきっかけを教えていただけますか。

星加:面白い人のほとんどがリクルートで働いている方か、
リクルート出身の方だったというのが大きいです。
経緯が長くなるのですが、実は大学院では応用化学の研究をしていたんです。
大学の学部時代は実験が楽しかったですし、
周囲のみんなが院に行くからという理由で院に進学しましたが、完全に道を誤ったんです。
白衣をまといクリーンルームと呼ばれる空間で何時間も黙々と作業する日々。
これを続けることは無理だと思いました。
そこで、文系の授業に潜り込んだり、色々な人に会いまくりました。
いわゆる「変人」と呼ばれる人たちにも(笑)
そこで自分の人生観に大きく影響を与えた出逢いに恵まれた。
以前は、自分の研究テーマに関連した道しか選べないと思いこんでいたんです。
ですが、三菱重工のロケット開発のインターンシップに参加したとき、
さまざまな会社のインターンシップの立役者である佐藤大吾さん
「枠にはまらず面白い生き方していいねんで。将来何か一緒にやろう!」と、お声掛けいただいたんです。
また、キャリア支援の第一人者ともいえる本田勝裕さんの活動に共感して
メールを送ったら、講演に呼んでくださって。
彼らのような、枠にはまらない生き方を、自分も選びたいと思ったんです。
そんな折、教授から「このままじゃ卒業できないぞ」と呼び出され、
色々悩んだ末に退学を決意しました。
崖っぷちに立たされて、更に出逢いを広げていくうちに、
リクルートの面白い人たちとつながり、OBOG訪問を重ねるにつれて僕の居場所はここだと感じたんです。
背伸びして必死なタイミングにこそ、ご縁がご縁を呼んだのでしょうね。

ーーそんな経緯があったのですね。
道に迷ったときにこんなに多くの人たちに会いにいった原動力は何だったのでしょう。

星加:そうですね…、自分を変えるためには自ら動かなくてはという思いがあったのでしょうか。
僕は灘中・灘高に通っていたのですが、小学生のときは成績がよいのが当たり前だと思っていたら、
中1の中間テストで165人中157位という現実にぶちあたり、自信を喪失しました。
中学は暗黒時代だったなぁと。
今でこそ冷静に「自己肯定感が低かったんだな」と客観視できますが、
当時はモヤモヤがあったんでしょうね。
運動部に入りたかったけれど、親のささいな一言がストッパーになって、
入部のきっかけを逃したんです。
部に入らなかった人だけのソフトボール同好会に入って、
ゲーセンと学校を行き来する中学時代でした。
「本気で何かやりたい」という思いがくすぶったまま…。
ですが、高校の音楽の授業で、唯一歌を褒められたんです。
それから、文化祭で劇をやったりイベントを開催したりするようになって。
自分が動くことで少しずつ自己肯定感を得ていったのだと思います。

ーー今もミュージカルに出演されているとのことですが、
高校時代から演劇が好きだったのですか。

星加:そうですね。高3のときに水泳部の子と仲良くなって
応援団と劇に一緒に打ち込んだのが、今でも印象に残っています。
みんなでストーリーを考えて、装飾も一から作って、本当に楽しかった。
劇をやり終えたとき、観客の人に「劇団の人なんですか」と聞かれ、
表現活動が得意だし好きなんだと気付いたんです。
人前で伝えて、見た人が感動してくれる瞬間に感じる解放感。
表現熱はずっと高くて、大学の学部時代は、
男性だけで合唱するグリークラブで濃密な時間を過ごしました。
発声練習の成果なのか、声が大きくなりましたし、
「いい声をしているね」と言われることも度々。
大人になっても声って変わるんですよね。
大学の授業のファシリテーターになってからも、「声の出し方講座」を開いたりと、
表現は色んな形でずっと続いています。

ーー表現することで自分らしさを感じる瞬間が増えていったのでしょうね。
リクルートで新規開拓を続けた後、今のキャリア支援の道へと
どのようにつながっていったのでしょうか。

星加:岐阜で1年半過ごして、キャリアに関する仕事がしたくなったんです。
こっそり異動希望を出して就職支援のプロジェクトにアサインされました。
リクナビを売る事業で、各社の人事の方々の課題やニーズを汲み取る日々で、
面白かったけれど、人間関係で苦しいときもあったし、
「心の底から楽しい」と思えることは正直なかったですね。
あまりの忙しさで、ヘトヘトに疲弊していたこともあり、
29歳のタイミングでリクルートを後にすることにしました。
そのときはまだ、やりたいことは漠然としかなくて。
でも、子どもが好き、理科が好き、ミュージカルのような表現活動に携わりたい、
人前で話したい、といったキーワードはありました。
周囲のお世話になった人たちに退職の旨を伝えると、
自分の興味に合った仕事のチャンスをいくつかいただいて。
最初は、NPO法人「じぶん未来クラブ」で活動していたリクルートの先輩の誘いで、
ミュージカルを通じた教育ワークショップを手伝うことになりました。
他にも、大学生の就活支援に関われるようになったり。
研修会社を立ち上げた友人の誘いで、企業の研修講師をしたら好評で。
1本の道に絞らず、並行で「プチ経験」を積んでいった感じですね。
他にも子供向けの塾で働いたこともありますし、
公教育の支援員として理科の先生をしたこともあります。

ーー人のご縁から、並行して色々な興味を現実に変えていかれたのですね。
活動を進めるうちに、壁にぶつかったことはありますか。

星加:教育やキャリアの中でも、どの道のプロになりたいのだろう?という壁にぶつかりました。
研修講師、先生、はたまた教室の立ち上げ、自分がやりたいのはどれか?と。
悶々としていた中、大学生向けのプログラムを作ってファシリテートしたのですが、
伝えたいことの核は、自己PRの方法論やマナーといった「How to」ではなく、
「就活を通して学生が自分らしさを取り戻せるようになってほしい」ということだと
改めて気付いたんです。
僕は自信を失っている人の気持ちになら寄り添うことができるだろうと。
そこで、プログラムのファシリテーターに重点を置くようになっていきました。

ーー自分らしさを取り戻すために必要なものとは
星加さんにとって何だとお考えですか。

星加:ちょうどこの4〜9月の半年間で、僕自身、
自分らしさを再発見する瞬間に立ち会いました。
あるご縁で、登山家の方に自分の進路を相談したとき、次のようなアドバイスをいただいたんです。
「星加さんは人とつながるのは得意だけど、
人とのつながりに依存している面が大きいんじゃないかな。
もっと自分自身とつながったらいいよ。そのためには自然にふれるといいよ。」
それを機に、オフを取って登山のプロとともに雪の富士山に登りました。
満天の星空のもと、人っ子一人いない無音の空間。
外に引っ張られてしまうような感覚。
一歩間違えると死が待っている恐怖と隣り合わせ。
でも、なぜかとっても温かくて、自然と涙が頬を伝いました。
「あぁ、この感覚を求めていたんだ」と。
外に求めなくても、自分の中で震えればいい。
それから屋久島に行き、富士山に再度登り、モンゴルで乗馬をして、
「魂がふるえる感覚」がどれだけ大切なのかを実感しました。
なぜ子どもの頃、天文学が好きだったのかがわかりました。
宇宙という無限の神秘につながる感覚が好きだったのでしょう。
自分の内面とつながる瞬間は、自分という存在が消えて、
後からじわじわと感動が心を満たしていくんですね。
人の内側がふるえる「場」をつくることで、周囲の人を幸せにできるのではないか。
そんな大切な気付きがありました。
逆説的かもしれませんが、心から安心できる場は、死を近くに感じる場所なんですよね。

ーーそんな風に「心がふるえる場」に出会えたのですね。
今接していらっしゃる大学生たちを見ていて、どんな風に感じますか。

星加:「何となく大学に入学した」という子が多いなと感じます。
就活を正解探しの場だと思っているんですね。
だけど、自分を変えるのが怖くて。
そんな彼らにとって大事なのは「自分をさらけ出せる場所」があること。
家庭が「安心して自分らしくいられる場」とは限らないですからね。
そういう子は自己PRもうわべだけになっているなと。
就活を延期してきた大学生40名を集めて、週2回のワークを定期的におこなっていたのですが、
各人がアセスメントで性格や強みの違いを理解した上で、仲良くなれるワークを試みたんです。
すると、アンケートで「自分の話をこんなに親身に聴いてもらえたことに驚いた」とか、
「腹を割って話せる友人ができた」とか、
「相手の相談に乗ったら喜ばれて嬉しかった」といった回答がきて。
次第に学生たちの顔つきも変わってきました。
受身で僕の講義を受けるのではなく、自分たちで面接の練習を始め、
刺激を与え合う関係をつくっていった。
カウンセリングだと、「頼る」「頼られる」の関係になってしまって、
どうしても限界があるのですが、
「安心できる場」があれば、そこで学生たちは自発的に自分らしさを取り戻してくれる。
そういう場作りに関わっていきたいですし、
就活生から小中高や親子にワークショップを広げたり、
自然のフィールドワークや、ミュージカルを通じた表現のプログラムを開催したりと、
今後やりたいことが、次から次へと湧き上がってきます。

☆☆☆☆☆

「心から安心できる場は、死を近くに感じる場所」
この言葉が耳から離れなかった。
大自然の中で自分自身と向き合った者にしかたどり着けない境地なのかもしれない。

自分の内面とつながり、心がふるえる瞬間。
これまでの人生で味わったことがあっただろうか?
そう自問自答せずにはいられない。

中学時代、自己肯定感をもちづらかった経験があるからこそ、
自分らしさを素直に出せない学生たちの心に寄り添えるのだと感じた。

表現すること。そして相手の可能性を信じて支援すること。
経験から紡ぎ出された強みを掛け合わせて、
色々な形で「心がふるえる場」づくりに取り組まれていくことだろう。
posted by メイリー at 11:50| インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする