2014年03月02日

人間力で患者とスタッフを支援する 緩和ケア認定看護師 file.37

齊藤麻衣さん。
看護師になられて10年以上というベテランであり、
緩和ケア認定看護師という専門性を極めている彼女。
ある共同ブログで、患者さん一人ひとりの人生や個性を大事にする姿を知り、
白衣の天使という言葉がピッタリな彼女の教育体験や、
看護、特に終末期における緩和ケアへの想いをお聴きしたいとインタビューを申し込んだ。

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ーー看護師を目指そうと思ったきっかけは何だったのでしょうか。

齊藤(以下敬称略):実はこれといったきっかけがなく、物心ついたときには、
将来の夢に「看護師」と書いていたんです。
「家庭の医学」を読んだり家の救急箱をさわったりするのが好きで、
ぬいぐるみに包帯を巻いたり消毒したりしていました。
身近に医療従事者がいたわけでもないのですが、
なぜか怪我人が出ると「私の出番!」と思っていました。

ーー物心ついたときから、手当てやお世話をするのが好きだったのですね。
中高生の頃はどんな子どもでしたか?

齊藤:高校時代、部活のマネージャーをしていました。
縁の下の力持ちになりたくて憧れていたんです。
コートをきれいにしたり、試合の持ち物の準備をしたりと、とにかく人の補佐をするのが楽しくて。
私は主役になるタイプではないけれど、どんな強い人にも支えは必要だから、
「支えの最強の存在」になりたいのかなと。
選手たちが試合に勝ち進んでいく姿がやる気の源になっていた。
今、看護師をしていても、患者さんの力を引き出せた瞬間に喜びを感じます。

ーーマネージャー時代から「支援」に力を注いでいらしたのですね。
看護学校に入られたとのことですが、そこでどんな気づきがありましたか。

齊藤:看護学校では1年目から病院実習があったのですが、高校までの勉強よりも
人体や病気のメカニズムを科学的根拠に基づいて学んでいくのがとても楽しかったですね。
実習では、テレビドラマに出てくるナースのイメージと現実とは違うということを改めて実感しました。
看護師は立場上、医師と患者さんの間に挟まれることが多いので
両者の考えのギャップをどう埋めていくか?を常に考える必要があります。
例えば糖尿病の患者さんが食事制限があるのについ我慢できずお菓子を食べてしまい、先生はそれを咎めるということがあります。
「人間だから仕方ない部分もあるよね」という患者さんの視点と、
「先生は本気で人を治したいから厳しいんだよね」という医師の視点それぞれに立って、
感情の衝突を和らげる、というのが看護師の役割かなぁと。
大変さを感じつつも、看護師を始めてから現実とイメージの良い意味でのギャップもありました。

ーーどんなギャップだったのですか。

齊藤:看護師になるまでは「医師の補佐」というイメージだったのですが、
実際には、予想以上に看護師ならではの専門性を深めていけるんです。
病院は専門家ばかりが集まる、ある種特殊な集団ですが、
専門性を互いに尊重することで、足し算ではなく掛け算のチームになれるのだと実感しました。
私は緩和ケアチームに属しているのですが、
医師、薬剤師、理学療法士、看護師それぞれの意見を取り入れて、
一人の専門家では思いつかない解決策が生まれることがあります。
中でも、看護師の私の役割は、患者さんの生活で困っているところを解消していくこと。
例えばお年寄りの患者さんは細かい手の動きが得意ではないので、
小さい錠剤よりは貼付薬を処方する方が、服用しやすいだろうなぁという風に。
患者の生活の営みを想像して、コーディネートする力が求められますね。
この力って、ある外部研修で学んだクリティカルシンキングにも近いんです。
実は看護学校の授業でも、患者の一面だけを見ずに物事を俯瞰的に捉えて対処するスキルを教わるんですよ。

ーー掛け算のチームっていいですね!
看護師と両立しながらクリティカルシンキングを学ばれた動機は何でしたか。

齊藤:役職をもらい、部下たちのマネジメントをする上で
クリティカルな考え方を身につけたいと思ったんです。
元々認定看護師として他の看護師の相談業務にも携わっていたのですが、
teachingだけではダメで、もっと広い視野と知が必要だと感じていました。
ただ、最近はマネジメントの道をめざすよりも、終末期緩和ケアの専門性に磨きをかけたいという思いが強まり、今後の進路を見つめ直している最中なんです。

ーー終末期緩和ケアを極めようと思われたのはなぜでしょう。

齊藤:外科病棟で働いていると、がんの患者が多く、
外科医の先生たちは、「執刀した患者の命の責任をずっと負っていく」という思いをもっていることが非常に多いのです。
がんの腫瘍は炎症なので、オペで取り除けない腫瘍をもった患者は、痛みと闘うことになります。
今の院内のリソースを用いて、痛みを少しでも和らげる方法が他にもあるのではないか?
そう思って終末期医療の研修に1年間通いました。
当時同じ病院にいた、外科医の先生もその研修に出席されていて、
患者さんが癌と診断された時から生を終えるその瞬間まで向き合い続けようとする姿を知り、感銘を受けたのです。
「先生の右腕になりたい!」と心底思いました。
終末期の症状コントロールなら私にできることがあるはずだと。
緩和ケア認定看護師の資格を取った後に、ちょうど終末期の患者さんが入院され、
その先生が「後は任せたよ」と肩をぽんと叩いてくださったとき、
「初めて認められたかも…!」という喜びが湧き上がってきたのを今でも覚えています。
患者さんの痛みを和らげたいという思いと、
尊敬している人の支えになりたいという思い。
この二つが私の原動力になっている気がします。

ーー素晴らしい先生ですね。他にも尊敬している方はおられますか。

齊藤:一回り上の女の看護師の先輩を非常に尊敬しています。
私の入社時は「1年以上勤務しないと仲間とみなさない」という怖い人だったのですが、
徐々に互いの看護観が似ていることがわかり、「同じ匂いがする」と感じるようになってきて(笑)
彼女の人間性がとにかく素晴らしい。
患者のやりたいことをできるだけ叶えてあげたいけれど、治療上の制約がある…。
そんなもどかしさを人一倍理解している方です。
ある終末期の患者が、勝手に病院を抜け出して大好きなパチンコに通っていたのですが
私は心配でこっそり患者さんの後をつけたりしてたんですね。
当時、その患者さんのことを、「天涯孤独で寂しいんだろうなぁ」と思っていたのですが
彼がとうとう亡くなられてエンゼルケア(死後の処置)を施していたとき、
先輩はパチンコ玉を患者さんの手に握らせて
「あっちの世界に行っても負けたらあかんで。」と言ったんです。
あぁ、患者さんは好きなパチンコを最期までやって、
それを理解してくれる人に見守られながら満たされて生を終えられたんだろうなぁと気づいた瞬間でした。
思えば、この出来事は終末期医療の道を本格的に志すきっかけかもしれませんね。

ーー最後に今後の夢を教えていただけますか。

齊藤:自分の専門性を高めつつ、患者だけでなく部下や後輩たちの安全や安心を守れる環境づくりをもっと進めていきたいですね。
看護師を規則で縛るのではなく、患者さんのことを考えて、
自分なりの感性や思いやりで動ける人を育てていきたいなと。
そのためには経験則を説得力ある理論に落としこんで、組織のマネジメントに活かすことが
大事になると考えています。
看護師って人の人生に深く関われる良い仕事。
だからこそ、患者もケアするスタッフもハッピーになれるように最善を尽くそうと思えるんです。

☆☆☆☆☆

「人の自発性を見守り、自然に引き出していく人」
「優しさだけでなく、自分の思いを現実に変えていく芯の強さをもった人」
まさしく「人間力」で人を支援しているという印象がますます強まるインタビューだった。

生まれながらにサポーター気質をもった彼女は
マネージャーの経験を積み、看護師になられてからも
素晴らしい人たちとの関わりから影響を受け、
終末期緩和ケアという専門性を磨いていくと同時に、スタッフ育成にも力を発揮している。

「患者さんとスタッフ双方を幸せにしたい」
「尊敬する人をサポートしたい」
こうした強い情熱をエンジンにして、
人間味あふれる彼女は、今日も支援のプロとしての道を歩んでいることだろう。
posted by メイリー at 17:38| インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする