そんなニーズに応える本の要約サイトflier(フライヤー)を運営する株式会社フライヤー取締役の苅田明史さん。
外資系投資銀行、事業再生のコンサルティング会社を経て、コンサルの同僚たちとサービスを立ち上げた。
少し話すだけで、この事業への情熱やミッションへのこだわりがひしひしと伝わってくる。
こうした情熱と達成のための戦略眼、そして胆力が彼の中でどんな風に育まれていったのかを知りたいと思い、インタビューを申し込んだ。
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ーー本の要約サイトというアイディアは、本好きな同僚たちとの会話から生まれたとのこと。
かなりの読書量だとお察ししますが、小さい頃から本好きだったのですか。
苅田明史さん(以下敬称略):物心つく前から家の本棚には絵本がいっぱいあって、読書が自然にそばにある生活でしたね。
引越のときは本が多すぎて、泣く泣く大量処分したことを覚えているくらい(笑)
両親の教育方針が、本や勉強道具には投資を惜しまないというもので、
通信教育もやっていたし図鑑や辞書なども豊富に買ってもらっていました。
でも、ゲームは一切買ってもらえなかった。私が一つのことにハマってしまうタイプなのを見越して、
ゲーム以外のものに興味が向くよう計らってくれたのでしょうね。
ーー一つのことにハマるタイプなのですね。中高時代はどんな子でしたか。
苅田:片道1時間半かけて中高一貫校に通っていたんですが、
6年間無遅刻無欠席を貫くようなストイックな面がその頃からありました。
実はあるとき足首を骨折してしまったことがあり、自分でも薄々骨折したとわかっていたのですが、
「今早退すると皆勤でなくなってしまう!」と考え、放課後まで痛みを我慢していました。
病院に行ったらかなり怒られましたけれど(笑)
ーーよく耐えましたね(笑)そのストイックさはどこからくるのでしょうか。
苅田:心のどこかで親に心配をかけたくないという気持ちがあるのだと思います。
私立の中高一貫で学費も安くないのに、授業を休むなんて…って。
中学受験で第一志望の学校に落ちた経験が申し訳なさに拍車をかけていたのかもしれません。
そして両親への感謝の気持ちも、多少のことではへこたれないストイックな姿勢に影響しているのだと思います。
特に母親については、元々料理上手なのですが、家庭科で栄養素について勉強したときに、
母親が普段作る料理がほぼ完ぺきな栄養バランスになっていることに気づいたとき、深い愛情を感じました。
ストイックといえば、勉強に本腰を入れた高校1年の頃に、
今も習慣になっているスケジュール管理法を身に付けました。
目標から逆算して何をやるべきかを、2週間分の予定に分刻みで落とし込み、余裕ももたせておく。
そして着実にこなしていくという方法です。
今でも仕事のスケジュールは、移動時間やルートも考慮して細かく組み込んで立てていますね。
自分の一分当たりの作業量がわかってくると、より精密な計画になっていきます。
まぁ、プライベートではここまでやっていませんが、仕事に関しては自分でもストイックだと思います。
ーーお母様のお話、心があたたまりますね。
そして、緻密な計画性を受験勉強で培ってこられたのですね。
大学時代のことについてお聞かせいただけますか。
苅田:大学では経済学部を選びましたが、誤解を恐れずに言えば「つぶしが利く」というのが理由の1つです。
高校卒業時には将来の夢を決めきれなかった私は、選択肢の幅が広い(と当時は思っていた)学部を選びました。
大学は京都だったので自転車に乗って観光地を巡ったり、
ほかにも掛け持ちしていたサークル活動、友人との飲み会に明け暮れていました(笑)
あと、ビジネス書や教養書を中心に、本をかなり読んでいましたね。
当時読んでいた本のなかでは、人類史の謎に迫るジャレド・ダイヤモンドの「銃・病原菌・鉄」や、
人間心理と偶然性を結びつけたナシーム・ニコラス・タレブの「まぐれ」が特に印象に残っています。
京都には、24時間開いている書店が至る所にあったので深夜お客さんが誰もいないときの常連でしたね。
ーーアクティブに活動されていたのですね。職業選びの軸は何でしたか。
苅田:大学に行って経営者になりたいという思いが強まり、
就職活動では将来経営者に必要な力が身につく業種・職種は何か?という軸を大事にしていました。
外資系投資銀行のM&Aアドバイザーを選んだのは
会社経営にまつわる数字感覚を身につけられると感じたためです。
企業を買収したりするにあたり、本来値段などつけられないはずの会社の価値を算定する仕事というのはとても魅力に感じました。
毎日午前2時、3時まで働いて朝9時には出社するという日々で、
徹夜も月に何回あったか分からないほどのまさに激務でした。
就職して半年がたった頃、転職した上司から事業再生の実情を知り、
全社的な経営戦略にインパクトを与えられるところや、会社の内部の数字感覚を身に付けられるところに魅力を感じました。
2、3年後にはそこで修業したいという思いを抱きましたが、
別の先輩が推薦してくださったこともあり、少し前倒しして1年後には事業再生コンサルティングの会社に移っていました。
事業再生は岡山や長野など地方の企業へ出向くことが多く、
時にはバングラデシュや上海の企業がお客様ということもありました。
投資銀行以上にきつい仕事でしたが、本当にやりがいのある4年間でした。
某アパレル企業の案件ではリーマン・ショックの煽りで売上が激減し、大赤字に陥っていた危機から
黒字の優良企業に生まれ変わるところまで立ち会うことができました。
社長と何度も議論をかわし、寝る間も惜しんで土日もエクセルやパワーポイントと戦う日々でしたが、
お客様から感謝されると心底嬉しかったのを覚えています。
ーーそんなにも頑張れる理由が気になります。
苅田:そうですね…。これまで勉強を頑張ってきたのは、
自分が頑張ってきたことを社会に還元するためなのではないかという思いがあるんです。
経営者を目指したのも、広範囲に良い影響を与えられるんではないかというのが理由です。
ーー社会に還元したいという強い思いがおありなんですね。
事業再生のコンサルティングを経て、フライヤーの事業を立ち上げられたということですが、
立ち上げに影響した経験ってありますか。
苅田:アパレル企業のコンサルに携わっていた経験を踏まえ、
衣料品小売り、特に百貨店業界の構造的な問題について本を共著で執筆したことが影響していると思います。
何よりも執筆することが楽しかったですし、
「苅田さんが書いたパートが面白かった」という感想をいただいたのも自信につながりました。
そしてその時、ある編集者の方から「ビジネス書は1万部売れるとヒット」という衝撃の事実を聞かされたんです。
日本にビジネスパーソンは約3、4,000万人もいるのに、こんなに少ないのか?と。
確かに、インターネットなどいつでもどこでも気軽に短時間で情報を収集できるような他のメディアに比べて
本は敷居が高いという面は否めないでしょう。
一方で編集者の方々は、内容はもちろん、装丁、デザインにも一冊ごとに非常にこだわっている。
これだけクオリティーが高い本という存在を、
もっと多くのビジネスパーソンに読んでもらいたいという思いが沸々とわき上がりました。
本の要約をきっかけにその書籍を手にとり、そのエッセンスを仕事で活かす人が増えれば、
ビジネスパーソン、出版社、著者の三方よしになる、
これは必ず人の役に立つという確信を得たんです。
ーーそんな経験があったのですね…!
苅田:起業に必要なものはたくさんありますが、
私はビジョンを共有でき、互いに補い合える仲間と、
実現可能性が高く、かつ他の追随を許さないアイディアの2つが不可欠だと考えています。
実は大学時代から一緒に起業しようと誓いあっていた親友がいたのですが、
卓越したアイディアを見出すことが出来ずに起業を見送った経験がありました。
しかし今回は、仲間とアイディアが揃った。
同僚と一緒にアイディアを思いついた3日後には先輩に「辞めます」と告げていました。
退職したのは1週間後でした。
ーー時が来た!という感じだったのですね。
とはいえ思いついて3日後とはスピーディーですね。
苅田:もちろん大好きな仕事でしたし上司にも恵まれていたので、
言い出しにくい気持ちはありました。
ですが、不思議なことに自分の気持ちの整理はあっという間についていました。
米アマゾンを立ち上げたジェフ・ベゾスの有名なエピソードに「後悔最小化理論」というものがあります。
彼は、遠い将来から今をふりかえったとき、今のポジションを失って給料が減ってしまう後悔と、
現職に留まって千載一遇のチャンスをみすみす見逃してしまう後悔を比べたとき
どちらがより悔やまれるかを考えると、確実に後者だと思い、金融工学の会社を辞めて起業を決意した。
自分がジェフ・ベゾスと同じだなんて大それたことはこれっぽっちも考えていないのですが、
この話はとても共感できるところがありました。
新卒で入社した会社が世界的な金融不況でボロボロになったこともあり、
自分を守るのは自分であり、会社ではないという思いも独立に向かう背中を押してくれたのだと思います。
ーー「後悔最小化理論」、決断に迷ったときはぜひ思い出したいです。
苅田さんは人とのご縁を非常に大事にされていると思うのですが、
人との関係性について、どんなことを心がけていらっしゃいますか。
苅田:スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学で卒業生向けに行ったスピーチに出てくる
"connecting the dots"(点と点を繋げる)という考えを、私も大事にしていますね。
人と出会ってつながるときに、先の利益や影響を考える必要は全くないと思っています。
でも知らぬ間に、これまでのつながりがきっかけとなって、
会社を一緒につくっていく仲間や取引先を紹介しいただいた…
そんな風に、ご縁に支えられることは非常に多いですね。
こうした実体験もあり、起業してからいっそうご縁を大事にしようという想いが強まりました。
ーーなんて素晴らしい…!
最後に、これまでに大きな影響を与えた本を教えてください。
苅田:影響を受けた本…、難しいですね(笑)
好きな本の共通点は、著者の明確な主張があり、それを緻密な分析で裏付けている本で
「MAKERS」や「国家はなぜ衰退するか」、「ビジョナリー・カンパニー」などが該当します。
世界一著名な投資家であるバフェットは「スノーボール」という本の中で
雪だるまを転がしていくと、雪だるまがだんだん大きくなっていくように、
投資や習慣には複利の力が働くと主張していて、これは読書にも当てはまると言っています。
本を読むことの効果はなかなか見えにくいかもしれませんが、
読み続けることで得られる効果はどんどん大きくなるはず。
私もflierを通じて読書の習慣をビジネスパーソンに身に付けてほしいと願っています。
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経営者の伝記を読んで鼓舞されることは多いが、
ますます進化を遂げ続けている気鋭の若手経営者の話はこの上ない迫力だった。
目の前の課題を解決し、社会に良い影響を与えるために
極限のハードさも乗り越えてしまう。
彼の言葉には、並々ならぬ情熱と利他精神が宿っていた。
そして、その情熱は伝播し、人の心を動かしていく。
"connecting the dots"(点と点を繋げる)の言葉に表されるように、
普段から大切に育んできた絆が、色々な場面で自然と彼のビジョン実現を後押ししているのだろう。
フライヤーに対する共感の輪が今後もどんどん広がっていくこと、
すなわち彼の夢が実現していくことを、心の底から願い、応援したいと思う。