2014年08月17日

独自の強みで「漢方型メディア」を生み出す聴き綴り士 file.48(前編)


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西尾直樹さん。
2006年秋から約700人のインタビューを行い、
「研究者図鑑」、「官僚図鑑」、「がんばってはる人★図鑑」などを展開する。
地域公共人材開発機構にてインタビュー講師として、地域活性事業に携わり、
株式会社聴き綴り本舗代表取締役として、「聴き綴り」の普及と「聴き綴り士」の養成を目指す。
2014年4月から京都府協働コーディネーターとして活躍のフィールドを広げている。

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どんな話でも受け止めてくださるような大らかな雰囲気と、
つい笑顔になってしまう心地よい大阪弁。
多くの人の心の扉を開け放ち、心を鷲掴みにしていく。

これから力を入れたいという「漢方型メディア」に込められた思いとは?
彼が自分らしさ全開で進む中で抱えている葛藤とは…?
彼の今の生き方や価値観につながる教育体験に迫りたい。
そんな想いで、インタビューで社会に革命を起こしていく西尾さんに会いに京都へ飛び立った。

☆☆☆☆☆

ーーインタビューを仕事にされ始めたのはいつ頃からですか。
聴き綴りを生み出すまでの経緯をお聴かせください。

西尾(敬称略):独立行政法人新産業新エネルギー振興機構(NEDO)のフェローシップとして、
京都にある産学連携組織(NPO法人KGC)に勤務し、そこの業務としてインタビューを始めました。
そのNPOは、異分野融合で非常識なプロジェクトを進めよう!というミッションをもっていて、
私はベースとなる研究者のネットワークを広げていく役割を任じられ、
何度か交流会などのイベントを企画した後、
「いっそのこと研究者に直接会いに行って、インタビューしてしまおう!」と、
2006年当時流行り出していたYouTubeで発信して拡大を目指すことにしました。
当時の上司がちょっとエッジが立ちすぎている人で、
「有名でもないのに認知を広めるには、質より数で勝負だ。
365日毎日、3年で1000人を目標にインタビューをしろ」というお達しが。
僕はなぜか「面白そう」と思って乗っかってしまったんです。
結果的に300日で300人を達成しました。
土日も返上で、大晦日もゴールデンウィークもインタビューですよ(笑)
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ーー大晦日も?!それだけ継続された西尾さんも只者ではないと思うのですが(笑)
研究者に「インタビュー」という手法をとったこだわりってありますか。

西尾:他の人がやったことのない領域に斬り込むことで
自分ならではの武器を持ちたいという思いはありましたね。
根底にあったのは、宇宙の真理に到達したいという思い。
高校までは理系を目指していたんですが、数学が苦手で挫折したんです。
NASAを目指そうと思ったくらい宇宙が好きでたまらなかった。
大学では文系に進みましたが、社会や集団における人の営みにも、
俯瞰的に見ると科学では計測できない普遍的な宇宙があると思っていました。
研究者は未だ解明されていない世界を探究する人類の知見の最先端と言えます。
だからあらゆる分野の研究者を1000人インタビューしたら、
そこから「真理」が見えてくるんじゃないかと思ったのです。

最初テスト段階では、研究内容についてパワーポイントで語ってもらってみましたが、
なかなかビデオでは綺麗に撮れない。
そこで手作りのボードに手書きで3つキーフレーズを書いて、
それをもとに二人で語り合う対談形式の映像にしたら、
思いの外面白いものになったので、その形でインタビューを開始しました。
さらに、50人目くらいに差し掛かったところで、
研究者個人の人柄が見えるエピソードの方が面白いと気づき、
打合せで引き出したその人のストーリーを、
「現在・過去・未来」の3つのキーフレーズにまとめるようにしてみました。
すると、研究分野とは無縁な人からも
「昨日の人、すごい面白かったです!」
「ぜひもっと話を聞きたい!」と反響がくるようになったんです。
「なぜその研究分野に辿り着いたのか?」
「将来実現したい夢や目標は?」などの背景が見えると、
人はぐっと引きつけられるんでしょうね。

ーーなんて画期的な発想!
宇宙が元々好きとのことでしたが、どんなお子さんだったのでしょう。

西尾:小学校の頃は電車が好きで、落ち着きはないけどかわいらしい子でしたよ(笑)
両親も自由にさせてくれましたね。
記憶が濃密な時期は、中学校のときかな。
中1の頃、入学式の日に盲腸にかかって手術をして出席できず、
その後もクラスから浮いていじめを受けて、その頃はずっと泣いていた記憶があります。
でも中2になって、よい先生に恵まれて立ち直って、
学級新聞を作るなど徐々にクラスに溶け込めるようになりました。
またその頃、小学校時代の塾からの友人の誘いで天文部に入ったことで、
気の合う友達ができたことも大きかったです。
学校の屋上に天文台があり、高校卒業までそこが友達とのたまり場になりました。
2ヶ月に1回くらい寝泊まりして星を観測したりしていました。

ーー天文部で印象に残ったエピソードはありますか。

西尾:天文部では毎年夏のお盆の時期に合宿があり、
飛騨高山のスキー場で寝袋を放射状に並べて寝っ転がって、
ペルセウス座流星群の観測をしていて、
私は中2の夏に初めて参加したのですが、そのときの衝撃が今でも忘れられません。
星の布団が押し寄せてくるみたいだった。
宇宙のあまりのスケールの大きさを目の当たりにして、
1人の人間の自分が今悩んでいることが、なんて取るに足らないものだろう…と。
哲学する傾向に拍車がかかりました。
宇宙規模で考える、でも人類の営みの中で、例えちっぽけでも人間が生きる意義を見出そう。
その両方の視点をもてるようになりましたね。
ソーシャルイノベーターは「実践する中二病」なんですよ(笑)
妄想を、社会を良くするための行動に落とし込める人こそ
社会問題を解決する先駆者だというのが持論です。

ーー「実践する中二病」ですか…!
大学時代も非常に多彩な活動をされていたようですが、きっかけは何でしたか?

西尾:なにせ中高6年間が男子校だったこともあり、世界を広げたい一心でした。
テニス、キャンプ、野球のサークルに入り、体験学習サークルの会長もやっていた。
今の生き方への影響が一番大きい体験は、選挙のボランティアですね。
20歳のとき民主党元代表の前原誠司さんの選挙のお手伝いをさせていただいたんですが、
非常に気さくな人だった。
他の政治家や事務局の方々も非常にいい人ばかり。
それまで政治のイメージって、失言やスキャンダルだったり、比較的暗いものでしたが、
テレビで放送される一部の政治家の、
一部の発言を取り上げたものに左右されていたに過ぎないんですね。
本当は人生を懸けて日本を良くしようという志の高い政治家の方が多いのに…。
マスメディアには偏ったイメージを植え付ける側面があるのではないかと疑問を抱いたんです。

☆後編につづく☆
posted by メイリー at 19:20| インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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