
ーーこうした自分との向き合い方の変化は、
他のカウンセラーや本の影響ではなくご自身で気づかれた形だったのですか。
松原:そうですね。私って体験派で、
自分が体験してから本を読むとストンと腑に落ちるタイプなんです。
だから本や人の影響ではなく、自分で考えたり感じたりして見つけていったという感じですね。
この経験で「人は変われる」と知り、まわりの人から相談を受けることが増えました。
ーー心理カウンセリングを仕事にしようと思ったきっかけは何だったのでしょう。
松原:「人生を変えていく力」って面白いなと感じたんです。
私の経験が他の人にとって参考になるならいいなと思って。
カウンセリングでは、どこか「客観的に全体像を観る自分」が存在していて、
相談者の態度や表情、ちょっとした動きを敏感に見ながら、
「自分について考えてもらう」お手伝いをしています。
自分について考えるのは「心の掃除」なんですよね。
心の掃除ができてくると、次に何をしたらいいか人は探せるようになるんです。
自分がなくなってしまうほどの地獄を見た経験があるから、
他の人の相談にのっていてもしんどくならないんですよね。
ーー絵本セラピストの活動を始めてから、印象に残った体験ってありますか。
松原:中学校で子どもたちと過ごしていた時ある日突然、
生徒ほぼ全員から無視されたことがありました。
「なんでこんなことに?」と思い返したら、
これまで「人の相談にのってあげるよ」という上から目線の接し方が間違ってたんじゃないかと気づいた。
翌日、考え方を改めたことを口にしたわけでもないのに、
これまでどの先生にも心を開かなかった子が「相談のってくれるん?」と話しかけてきて、
他の子たちも近寄ってくれるようになった。
心って、言葉を介さなくても伝わるんやね。
私の醸し出している雰囲気が変わったんだと思います。
一人だけどうしても心を開いてくれない生徒がいましたが、
卒業式の日、胸につけていた花のバッチをつけてすぐに立ち去っていった。
あのときは泣きましたね。
心は開いてないけれど、多少は私のことを認めてくれたんかなって。
ーー心の中って、言葉以外のもので伝わるのですね。
そこから絵本の授業を始められたとのことですが、
松原さんが作られた「自分と対話する絵本」はどんな内容なのですか。
松原:プラスの声とマイナスの声が登場するんです。
例えば『ひとつあるもの』という作品では、暗闇と、色んな色に変わっていく光が対話していきます。
絵本は自分と対話してもらうためのツール。
子どもたちに「今思ってることを話して」と呼びかけても、彼らはなかなか言葉にしない。
でも授業で音楽を流しながら物語の映像を見せて朗読すると、
その後、物語の内容と関係がないのに子どもたちは
みんな色んな形で心の中にあったものを語り出すんです。
いじめをしていた子は突然「今日から(いじめを)やめる」と言い出すし、
いじめられていた子は「明日から変わる」と言い始めた。
心が違う角度から刺激されて震えたときって、人は自分の思いを吐き出せるんですね。
10年前に『ひとつであるもの』を学校の先生方に見せて授業の構想を話した時は
「こんな抽象的なストーリーじゃ無理」と言われましたが、
私自身が想定しなかったような変化が子どもたちの中に起こっていますし、
その様子を見て「この絵本を授業に取り入れたい」という先生も増えてきました。

絵本には色んなメッセージをそれとなく埋め込んでいます。
例えば「イヤな自分を嫌いにならないでほしい」というメッセージ。
尊敬しているお坊さんに「嫌いな自分を持っていてもいい。
使わなければいいだけ」と言われてすごく気が楽になったのを覚えています。
嫌いな自分を見ないフリをすると辛くなる。
「なんでイヤなんだろう?」と自分に問いかけ、
マイナスだと感じたら、ゆっくり克服すればいい。
「楽しい」には嬉しい、悲しい、苦しいも含まれている。
だから、つらいことがあっても、ひっくるめて「楽しい」になる。
そんな風に心の持ち様が変わると、運が良くなるんですよね。
心が爽やかでクリーンなときって、いいことを呼び寄せると思いませんか。
ーーたしかに、心が晴れやかだと、いいことが巡ってくる気がします。
色んなメッセージが埋め込まれた抽象的な絵本だからこそ、
子どもたちの中で色んな「気づきと変化」が起きるのでしょうね。
こうしたストーリーはどんなときに思いつくのですか。
松原:突然ひらめくんです。
『ひとつあるもの』も、言葉と映像が一気に湧き上がってきた。
私が体験してきたものが絵本になってくるのだと思います。
子どもたちにも、こころ館のメンバーにも「心で感じてみて」とよく言うんです。
頭と心のバランスが大事で、頭でばかり考えようとすると、
つい唯一の正解を導こうとしてしまう。
でも心を使うようにすると「私はこう感じる」という風に正解を探さず、
ありのままの思いに素直になれる。
そして、想像力が働いてくるようになるんですよ。
「心で感じた」ときに溢れてくるものがあると思っています。
ーー心で感じる時間、私も少なくなっていたような気がします。
こうした活動をモンゴルやミャンマー、そしてカンボジアにも普及させようと
海外に目を向けたきっかけはありましたか。
松原:絵本セラピー授業の可能性や効果を感じる中で、
物資支援にばかり目がいきがちな途上国にこそ、
心の豊かさにつながる授業を届けたいと思うようになりました。
これまで20回近くカンボジアを訪れて孤児院で絵本の読み聞かせや本の寄贈をしていましたが、
学校現場で授業をさせてもらったのは今夏(2014年9月)が初めてだったんですよ!
それだけ学校現場に入っていくのは難しいのですが、
大学生たちの手で授業が実現されたときは本当に嬉しかったですね。
国を超えて何をカンボジアの子たちに伝えられるだろう?ということを考えながら、
互いに学び合っていきたいと思っています。

ーー今後のビジョンを教えていただけますか。
松原:最近は中高の出前授業やキャリアカウンセリングにくわえ、
大学生向けキャリア支援やワークショップ、講演の仕事も増えてきましたが、
企業向けの社員研修にもっと関わっていきたいですね。
ーー最後に、セラピストや心の支援に携わる仕事に就きたいと思っている人に向けて
メッセージをお願いします。
松原:大人も子どもも自分を置き去りにしている人が多いので、
自分とのつきあい方を考える時間が大切だよと言える人になってほしいですね。
この時間をおざなりにすると、人との絆を大事にすることが難しくなってしまいます。
あくまで最終ゴールは、内観ではなく「人とつながること。」
そのステップとして自分と向き合うために、
こころ館の授業にぜひ参加してほしいなと思います。
☆☆☆☆☆
部屋に入るなり迎えてくれたのは、松原さんのお日様のような笑顔。
まわりの人たちの心を和ます快活な関西弁。
松原さんを囲むこころ館のメンバーたちも優しい笑みを浮かべている。
「こころ館」の包み込まれるような雰囲気に、自然と心が穏やかになっていく。
過酷な状況に遭遇するたびに
自分自身ととことん向き合い、自分の心を見つめてきた姿に、何度も胸が熱くなった。
だからこそ、彼女の言葉の一つ一つや、絵本の朗読が織りなす世界観が、
子どもや大人の心にあったわだかまりを溶かし、
心を解き放ってくれるのだろうと、強く感じた。
「苦しい」や「悲しい」がまじりあった「楽しい」を堪能している彼女は、
まわりの人たちへの慈しみに満ちていて、
そんな彼女を応援したいという人たちが次々に集まってくるのではないだろうか。
折しも岸見一郎さんの著書『嫌われる勇気』を読んでいたのだが、
松原さんは岸見さんとも一緒に講演などをされているとお聞きした。
「自己肯定ではなく自己受容」という言葉と、
松原さんのお話は密接にリンクし、私の心に光を投げかけてくれた。
「心で感じる」時間をもっともっと大事にしよう。
そう心に誓った、かけがえのないひとときだった。