
大西貴幸さん。
中学受験の個別指導塾のトップ講師でありながら、
モノづくりに特化したオープンイノベーションを支援する
インキュベーションオフィス MONO に入り、
様々な業種との「モノづくり」のコラボを行っている。
3Dプリンターを自作し、「世の中にない価値」を生み出し続ける大西さんの背景に迫りたい。
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ーー子どもの頃はどんなお子さんでしたか。
大西貴幸さん(以下敬称略):物心ついたときから科学の図鑑を読むのが好きで、好奇心旺盛な子でした。
興味をもった分野は、動物、植物、昆虫、そして機械。
歯車の種類が載っている図鑑は、非常に絵がキレイで、
「歯車がかみあっていく動き」が面白いなぁと強く記憶に残っています。
漫画で科学解説をしている学研の本は何十冊も読んでいて、
宇宙の秘密や体のしくみなど、何ページに何が載っているかを覚えているくらいです。
歴史や偉人伝には惹かれなかったのに。
理系なのは家族で僕だけなので、誰に似たんでしょうね笑
あとは、工作が大好きでした。
例えば歯磨き粉の箱があったら、ついはさみで解体して何か組み立てたり。
ガンダムのプラモデルにもハマっていました。
今、小学六年生の中学受験の指導をしていて、
算数の回転体を理解してもらうのに手こずっているのですが、
プラモデルを小さいときにやっていたら感覚的にわかるのになぁと感じます。
ロボット工学に興味をもつ人って、鉄腕アトムやガンダムの影響を受けている人が多いんですが、
小さいときにモノづくりが身近にあったかどうかが関係している気がします。
ーーモノづくりは小さいときから好きだったんですね。
中高生の頃の印象的なエピソードってありますか?
大西:中高時代もモノづくりに夢中でしたね。
芸術科目の選択で、美術・工芸・書道・音楽から一科目選ぶんですが、
倍率が非常に高い工芸がやりたい一心で、
先生に「どうしても工芸がしたい」と直談判したのを覚えています。
高2以降は工芸の授業はないのに、受験勉強の合間に彫刻をしたり鋼を磨いたりしていました。
金属や木材の加工は、自分の工夫次第で色んなことを試せるんです。
ナイフを設計図を描くところから作る課題があったのですが、
ナイフだけでなく鞘も作ったんです。
そうしたら、毎年際立った生徒の活動を載せる冊子の「工芸部門」に
自分の活動が取り上げられていて非常に嬉しかったですね。
粘土の型に液体のプラスティックを流し込んで固めるときに
「透明なのはありふれているけれど、塗料で色をつけてみよう。
色を少しずつ変えて型に流し込めばグラデーションになるな。」
などと、頭の中の仮説を実際に試すのは楽しいです。
ーー創意工夫に満ちていますね!
モノづくりを極めている方って芸術家肌な方と職人肌の方がいるように思うのですが、
強いて言うなら大西さんはどちらでしょう。
大西:職人肌ですかね。自分の内にあるものを表現するというより、
ある技術に対して、どこまで能力を発揮できるかチャレンジするのが好きですね。
MONOに入ってから色々な職人に出会ってきましたが、
モノづくりで異業種とコラボレーションすることの楽しさを感じています。
例えば今進めているプロジェクトの一つがパティシェやデザイナーとともに、
多彩な形の角砂糖を作るという案件。
例えば型抜きを3Dプリンターで作ってシリコンでお菓子を創作することもできる。
僕の役割は芸術家とお菓子を作る人の橋渡しをすること。
芸術家のような独創性を、お菓子の大量製造に直接取り入れるのは、
コストや技術の面でかなり難しいですが、
3Dプリンターによって独創のエッセンスをお菓子に吹き込むことはできます。
もう一つのプロジェクトは花屋さんとのコラボ。
プリザーブドフラワーを、ガラスで覆われた時計の真ん中に入れて
季節ごとに花を変えられるようにしたら面白いんじゃないかと思っています。
ーー色々なコラボが生まれているのですね。
じゃあ大学でも、モノづくりに近い分野へ進まれたのでしょうか?
大西:よく工学系だと思われるのですが、
実は当時は生物の研究者を目指していて、生物化学研究室に入ったんです。
化学も生物も好きだったので。
助手になったものの、教授とそりが合わないこともあり、
研究者から塾講師の道へ転向しました。
無線のサークルでお世話になっていた仲の良い先輩が起業していたのを身近で見ていたため、
自分も独自の教材づくりで起業するという考えが浮かび、MONOに参加したという経緯があります。
現在は、塾講師とモノづくりの二足の草鞋を履いています。
個別指導は、好きな仕事(モノづくり)に安定して取り組むための収入の柱という意味もありますが、
やっぱり中学受験を控えた子どもたちの成長に立ち会えるのが楽しいので
続けていきたいと思っています。
ーー生徒さんたちとは、どんな風に接していますか。
大西:生徒には「僕は忘れん坊だし面倒くさがりだよ」とあえて公言しています。
だから何でもメモさせる習慣をつけてもらい、
面倒を防ぐために工夫を促すことにつながっています。
あとは、ゲームのようにメリハリをつけて覚えさせたりと、
生徒が集中力を保てるように自分自身が工夫を重ねています。
本人が「やればできる」と自信をつけて、最初は到底解けなかった問題を解けるようになっていく。
それを見るのは本当に面白いですね。
ーー教材をつくるために起業を考えたとのことですが、
教材の構想を教えてください。
大西:まずは「こうすると受験勉強がうまくいく」というエッセンスを本にして
多くの受験生に届けたいですね。
受験にはある程度は根性論の要素も絡む「気持ち」の面と、
「テクニック」の面、両方からのアプローチが必要だと思っていて、
「特定の科目を嫌いにならずに難関入試を突破するためのコツ」を伝えていきたいと思っています。
そして「モノづくり」で培ってきたことを活かし、
3Dプリンターで立体感覚を養える教材を作れないか検討しています。
中学受験では作図が非常に大事になります。
式だけだとイメージできない問題も、作図で「パッと見てわかる」ということは多々ありますから。
手で動かして星の動きがわかるとか、立体的な思考ができる教材をつくりたいですね。
ーーそんな教材があると、子どもたちの勉強への意欲が高まりそうです。
将来挑戦したいことはありますか。
大西:異業種とのコラボ案件をもっと手掛けていきたいですね。
現実化したいアイディアを日々手帳に書き溜めています。
今、検討段階にあるのが、材木屋さんとのコラボ。
江戸時代から伝承されてきた組み木の技術を
3Dプリンターやレーザーカッターで再現できないかなと考えています。
あとは、レース状のアイシングペーパーを使った新サービスの開発です。
アイシングペーパーをカップケーキにのせたり、紅茶に浮かべたりというのが、
料理好きの間でブームになりつつありますが、
このアイシングペーパーに、企業のロゴを入れてブランディングに活用してもらう手もあるかと思っていて。
3Dプリンターには、工業製品の製造以外にも大きな可能性があります。
畑違いのプロの方が面白いアイディアをたくさんお持ちなので、
一緒に少し話すだけでアイディアが広がっていってワクワクしますね。
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好きなものについて語るとき、
人はこんなにも生き生きした表情を見せるものなのか。
モノづくりへのひたむきな情熱に心打たれるインタビューであった。
大西さんのアイディア手帳には文字やイラスト、図がギッシリ書き込まれていた。
「芸術家と、様々な業種の人たちの橋渡し」という言葉が非常に印象的だった。
「これってこんな風に活用できるんじゃない?」と考え、
手を動かしながら、
まるで魔法を使ったかのように、夢を現実に変えていく。
彼の魔法のレシピは、小さいときから親しんできた科学の図鑑で得た知識や
モノづくりの経験が織り込まれているのだろう。
もし子どもたちが彼のモノづくりの風景を目にすれば、
自ずと創造することへの興味をもつのではないだろうか。
彼オリジナルの教材が世に出るのを今から心待ちにしている。