2015年03月17日

勉強嫌いから一転、真の国語力を伝える起業家 file.63(前編)

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高橋麻樹子さん。 
大学院で国語教育の研究に打ち込み、中学受験進学塾 日能研にて中学受験国語を5年間指導。
その後、都内私立中高一貫の女子校、横浜国立大学附属横浜中学校の講師となり、
PISA型「読解力」の授業を実践してきた。  
その後中高一貫女子校の専任教諭として活躍する中、
インターネットやSNSの普及によって、子どもたちの感受性や想像力、
自ら問題意識を持って思考し表現する力が鈍くなってきている現状に危機感を抱く。
 
2013年、女子のための国語専門塾「NICOLLA」(ニコラ)を立ち上げる。
「国語力=人間力」という考えのもと、
真の考える力を身につけられる授業を展開している。
こうした志をもつに至った背景を、インタビューさせていただいた。

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――まずは、二コラの理念について教えていただけますか。

高橋麻樹子さん(以下敬称略):「一つの文章と向き合う」ことを通じて、
子どもたちに「自分を取り巻く世界をしっかりと自分のアタマで考え、自分の言葉で表現できる力」を育むことを目標としています。
「読解は問題を解ければいいんでしょ」と誤解して、テクニックに走る人もいますが、
本来の読解は、読んで理解すること。
情報や環境問題、心理学、芸術など現代社会のあらゆる問題が詰まった文章を読む中で、
自分自身が生きる「現代(いま)」を知り、自分と問題をひきつけて考えられる。
そんな子を増やしたいなと思っています。

例えばプロポーズで相手が喜ぶ言葉を考えるのも、
商談で成功させるために相手に何を、伝えようかとプレゼンを考えるのも、みんな国語が関係しています。
「国語力=人間力」なんですよね。
漢字や語句、文法の知識を積み上げていくことも自分の思考の幅を広げ、表現を豊かにするために、とても大切だと考えています。
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――「国語力=人間力」なのですね。
こうした国語力を伝える人になりたいと思ったきっかけは何でしたか。

高橋:国語に目覚めたのは高校2年生のときです。
それまでは勉強が大嫌いで、「絵を描くのが好きだから美大かな」くらいにしか考えていませんでした。
中学受験で「合格のための勉強」に遊びを犠牲にするのが嫌になったんです。
当然成績も悪く、高2の夏休み前に、国語教師の恩師でもある石上先生から
「勉強合宿に来なさい」と呼び出され、渋々参加することになりました。
持っていった勉強道具は、夏休みの宿題にでた古典文法の薄い問題集のみ。

――合宿先ではどうでしたか。

高橋:合宿先では石上先生が古典の基礎を1対1で5時間みっちり教えてくれました。
でも、やる気のない私は適当に聞き流してしまい…。
問題集の3分の1の解説が終わったところで「あとは自分でやりなさい」と言われたときには、何一つ取り組めないというありさまでした。

勉強は嫌だけど、先生のことは尊敬していたし
「この問題集すらやらなかったら美大すら無理だろう」と思ったんです。
そこで、先生に「すみません、聞いてなかったので解けません…」と正直に謝ったら、
想定外の反応が待っていました。
「きみに勉強する資格なんてない。さっさと出ていきなさい」
いつも穏やかな先生に、こんな風に怒鳴られたのは初めてで、茫然と立ち尽くしました。

これはまずいと性根入れ直して謝ったところ、
今度は10時間くらい、つきっきりで古文を教えてくれました。
合宿最終日に先生からテストを出され、内容は、源氏物語の冒頭3行を現代語訳するというものでした。
結果は満点!
先生から「完璧じゃない。できんじゃんよ。」と肩を叩かれたとき、
「私でもやればできるんだ!」とスイッチが入りました。

――それは嬉しいですね…!

高橋:これまで学年最下位に近い成績だった私が
成績が上がったところを先生に見せたい一心で巻き返しをはかります。
まずは夏休み明けの実力テストで古文だけ満点を取れたんです。
そこから、他教科もがんばろうと燃え始め、平均3、4時間の睡眠時間でで猛勉強しました。
石上先生から「今度は学年トップを取ってごらんよ」と言われたのを機に、
通知表のコピーに、2、3学期の目標の評定数値を書いて壁に貼り、
それを励みに勉強していましたね。
その結果、学年末には167位中1位という、学年トップの座を得ることができました。
そのときは回りの音が何も聞こえないくらい驚いたのを今でも覚えています。

――なんて驚異的な追い上げ!

高橋:この経験から「わかった!」という感動を伝えられる人になりたいと思い、
国語教師を目指すようになったんです。
ところが、目標の存在である石上先生にそのことを報告したら
「君にはなれないよ」と真顔で言われて…。
応援してくれると思っていたので、雷に打たれたみたいにショックでしたね。
「こうなったら君ならできるって言わせたい!」と、負けず嫌いスイッチがONになったんです(笑)

国語教師を目指せる国公立ということで國學院大学を目指すものの、結果は不合格。
短大に入れば成績優秀者は大学に編入できると知って、短大に入るのですが、
栃木県の田んぼに囲まれた環境での寮生活に最初は大きな挫折感を覚えました。
東京での大学生活を夢見ていたのに…って。
でも、渋谷にある國學院の大学に行くという決心は揺らがず、首席で大学へ編入しました。

――ここでも負けず嫌いのスイッチがONになったのですね!

高橋:そうなんです笑 
自分のバックグラウンドから、私立の中高一貫女子高の先生になりたいと思っていました。
ですが、東京の私立は非常に狭き門。
国語の専任講師枠1名に対し、200名が受験するというのはざら。
最初は、私立女子校の非常勤講師と、日能研という塾の講師という二足の草鞋の生活でした。
忙しくて毎日へとへとでしたが、子どもたちと接するのは本当に楽しいし、
これもいい経験だと思って乗り切っていましたね。

――多忙だけれどやりがいのある日々だったのですね。
国語教育の研究で大学院に行かれたのはその頃ですか。

高橋:ある日突然、「東京学芸大学院」という言葉が頭に飛び込んできたんです。
これまで縁もゆかりもなかったし、大学院を検討していたわけでもなかった。
あまりにも頭にちらつくのでHPを調べたら、国語教育学科という学科を発見し、願書を出すことに。
特にこれを研究したいという強い思いがあったわけではないのですが
「受験するなら100%の力で臨みたい」と思い、半月の間、夜中まで勉強して
志望理由書を書きました。
合格通知書が届いたときには、信じられなかったですね。
そこから非常勤講師と大学院生の二足の草鞋になります。

高橋:横浜国立大学附属横浜中学校で働く機会が舞い込んできたんです。
それは、大学院で知り合った非常に優秀な先輩である細川さん(現、東京学芸大学講師)からの一本の電話。
同じ日能研の講師だったこともあり仲良くしていたのですが、
突然「横国の非常勤講師をしないか」とオファーをいただいたんです。
研究指定校なので特殊な授業研究にふれ、貴重な経験ができるからって。
最初はできっこないと思って断りましたが、
石上先生から「即やりなさい」と言われて引き受けることに(笑)
細川さんから「君だから薦めたんだよ」という言葉をいただいたのも後押しになりました。

ところが授業初日に生徒から予想外の反応がきたんです。
「先生の授業、超つまんない」
「これってやる意味あるんですか」
という言葉のオンパレード。
附属小時代からベテラン教師陣のディスカッションなどを取り入れた、創意工夫された授業を受けてきた目が肥えている生徒からしたら、私の授業なんてそりゃつまらなかったんでしょうね。
教科ごとに用意された職員室に戻ると、国語教師歴20年、30年というベテラン教師ばかり。
「これは一年ももたないかも…」と初日で思いましたね。
当時毎日のように母親に「しんどい、やめたい」って電話してましたから。

☆後編につづく☆
posted by メイリー at 23:51| インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする