2015年05月17日

多様な教育に橋をかけるファシリテーター file.67(前編)

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一般社団法人コアプラスの代表理事をされている武田緑さん。
小学校教員と、教育やまちづくりについての研修プログラムづくりの担当者を経て、
現在はコアプラスの事業の中心を担っている。
ファシリテーターとして、「一人ひとりが活かされ、よりよい状況を生み出すための仕事」を目指す彼女の「生き方と想い」に迫った。

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――コアプラスを始めたきっかけとなる体験や問題意識について教えていただけますか。

武田緑さん(以下、武田):自分が受けてきた教育に対して共感したところと、
後々考えて疑問だったところが、コアプラス立ちあげの出発点です。
大きな転機になったのは、19歳のときに参加したピースボートでの世界一周。
乗客は日本人がほとんどですが、
多国籍のスタッフやクルーに囲まれ、旅の途中で水先案内人となるゲストが乗り降りして
色々なワークショップが開かれます。
そして参加者同士でディスカッションが行われる。
例えば、中国や台湾の人たちと教科書問題や戦後補償の問題について話すこともあれば、
環境活動家のカナダ人が捕鯨問題について話をしたら
日本人が「鯨を食するのは日本の食文化」だと反発しました。
学べば学ぶほど、わからないことが増えていき、
必死に考えて、自分なりの考えを、自分の言葉にできたときの解放感を味わいました。
学ぶことって世界とつながっていき、自分が自由になることなんだなと。

これまで私はしっかりと自分の意見を持っているほうだと感じていましたが、
自分の意見を発表して、おっちゃんから生まれて初めて反論されたときに
「自分自身の意見だと思っていたものは、親や先生の受け売りだったんだ」と
大きな衝撃を受けました。
受け売りの意見って、少し反論されただけで脆く崩れ落ちてしまう。
自分で情報を集めて掘り下げていった意見でないと役に立たないと思いました。
ピースボートでのインパクトがあまりにも大きすぎて、
「これまで受けていた教育を変えなきゃ」という強い思いが芽生えたんです。

――その後の人生に大きな影響を及ぼす出来事だったのですね。
ピースボートに乗ろうと思ったきっかけは何でしたか。

武田:元々、国際系の科目が充実している高校に通っており、海外に興味があったんです。
直接的なきっかけは、18歳で人生最大の失恋をした相手がピースボートに乗っていたこと(笑)
当時の私にとって刺激的で尊敬する人でしたし、ピースボートの経験者が身近にいたことで、船に乗ることが現実的な選択肢になったんです。
ちょうど前向きに大学生活のスタートを切ることができず、
気持ちを切り替えるためにも「学外で何かしよう」と思い立ち、
ピースボートのボランティアセンターに1回生の5月に通い始め、船に乗ったのが10月でした。

――実行に移すまでスピーディーですね。その行動力は昔からですか?

武田:生徒会役員や行事のリーダーをしていたりと、行動力がなかったわけではないですが
周囲の大人から勧められた上での挑戦が多かったんです。
ピースボートは初めて自分自身で下した大きな決断だったといえます。
勢いって大事ですね。

――ご自身の価値観や生き方に影響を与えた人との出会いについて教えていただけますか。

武田:ピースボートで最後に講演をしてくださった脱原発の活動をされている
田中優さんとの出会いは大きなインパクトがありました。
「生き方も仕事も、自分がいいと思うものがなければ
今存在している型にはまらなくても、自分でつくるという選択肢もあるよ」と述べておられて、
腑に落ちましたし、精神的な自由が広がっていく感じがしました。

田中さんの言葉でもう一つ印象の残ったものがあります。
それは「人には、『風の人』と『土の人』の2種類がいる」というもの。
「風の人」は新しいものを取り入れ、色々な場をめぐっていく。
「土の人」は一つの場所で1つのテーマ・問題を掘り下げていく。
往々にして、風の人は土の人に対し「視野が狭くて、古くさい」と感じる一方で、
土の人は、「風の人は流行を追いかけて、地道さが足りない」と感じて、互いに溝ができやすい。
ですが、両者が手を取り合ったときに、風土が生まれ、
それで初めて社会が変わり始めるのだと田中さんはおっしゃったんです。

――「風の人」と「土の人」両方が欠けてはならない存在なのですね。

武田:私はこれまで同和地区の地域コミュニティーという、
「土の人」に囲まれた生活をしてきました。
地域のテーマとしての同和問題と向き合ってきましたが、その限界も感じていたんです。
私自身は「風の人」と過ごすほうが楽なのですが、
今意識しているのは、風の人と土の人の橋渡しをするのが私の役割だということ。

コアプラスを本格的に始める3年前は、
自分が育った土的なコミュニティーからなかなか認めてもらえず、
かといって愛着やこだわりがあって離れらない葛藤を抱いていましたが、
それなら、風の人と土の人がお互いにわかりあい、役割分担できるように、
両方の人と話ができる人になろうと決めたんです。

☆後編につづく☆
posted by メイリー at 21:41| インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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