2016年01月24日

食とサービス業への愛に満ちたソムリエ file.71

食とホスピタリティーのプロ、佐藤阿友美さん。
ワインや食品の輸出入・卸を行う中島董商店にて、
ソムリエ資格を活かし、高級ショップ・レストランにワインを提案する。
紹介してくれた先輩からは「食への愛に満ちた人」と聞く。
その愛がどこから生まれてきたのだろうか。

☆☆☆☆☆

――ワインの輸入業の仕事に就かれる前にどんな経験をされてきましたか。

佐藤阿友美さん(以下、佐藤):現職の前には、人材教育業を母体としたアチーブメントグループで3年4カ月の間働いていました。
大学時代はホテルのコンシェルジュを目指して、
ホテル業界志望者の専門学校と大学とダブルスクールをしていたんです。
ラグジュアリーホテルが好きな母親に、小さい頃から色々なホテルに連れていってもらって、
ホテルの空間に憧れをいだくようになりました。
「あなたはホテルマンに向いてると思う」
そう言って母から手渡された本が、日本最高峰のコンシェルジュと言われる阿部佳さんの
『わたしはコンシェルジュ』
元々人を喜ばせるのが好きだった私は、
「決してNoと言わない」、「お客様に寄り添う」という指針に強く共感し、
接客に必要になる英語を学ぼうと思い、上京して英文学科へ進みました。
「東京でいろいろ吸収してきなさい」という母の言葉には、
自分に合った道を勧めてくれた感謝と、
敷かれたレールの上を歩いているような気持ちとの葛藤がありましたが、
それが「社会の中で自分の価値を高めたい」という気持ちにつながっていったように思います。

――ホテル業界から人材教育へと変化したきっかけは何だったのでしょう。

佐藤:就活時にお付き合いしていた人が、ベンチャー志向が強く、
「他の業界も見ておくといいよ」というアドバイスをくれました。
ベンチャーの社長さんたちの情熱に心を動かされ、
「人の転機に関わる」人材業界の営業を経験したいと思うようになっていきました。
もちろんホテル業界も受けて、いくつか内定をいただいていたのですが、
自分一人で仕事を回せるようになる力を身につけるなら営業がいいなと思いました。
あるベンチャー企業に行こうと決めたものの、
内定式前日に「どうもしっくりこない」とモヤモヤを感じていて…。
アチーブメントの採用選考で出会った社員の方々の、
吸い込まれるようなキラキラした表情が頭にちらついたんです。
そんなとき、偶然にもアチーブメントに内定した友人から
「追加募集があるみたいで、受けてみない?」と電話がかかってきて…!
運命的ですよね。
内定していた会社には正直に内定式に出られる気持ちではないことを伝え
アチーブメントの選考を受け、入社することになりました。

――それで営業の仕事に?

佐藤:と思ったらなんと配属先は立ち上がったばかりのダイニング事業部。
最終選考で、サービスに非常に力を入れているグローバルダイニングのモンスーンカフェでのアルバイトで、
ホスピタリティーとサービスを学んだ経験を話していたからでしょう。
新卒でそこに配属されたのは私だけ。
まわりは「営業でないけどいいの?」と心配してくれましたが、
人事から「何にもないけど何でもやれる仕事だよ」と言われ、
私は「超楽しそう!」と思ってOKしたんです。
後で、選考をしていた監査の方が「この子がサービス業で働かないと日本経済の損失だ」と
おっしゃってくださったと聞いて、その言葉も大きな後押しになりましたね。
フェリーチェという「食から人生をプロデュースする」というコンセプトの
和食と自然派ワインのお店で、ホールも売上管理もアルバイトの管理も任されました。

――きっと佐藤さんの才能と経験に裏付けられたホスピタリティーを見抜かれていたのでしょうね。
モンスーンカフェでのアルバイトのお話を聞かせていただけますか。

佐藤:モンスーンカフェとの出会いは、
スキーサークルだったこともあり、なかなかホテルや飲食業のアルバイトができず、
選考を受けたレストランからも返事が来ない…と思っていた矢先の出来事でした。
採用広告の「サービスを頑張りたい人歓迎」という文字に惹かれて電話をかけたら
「サービスを学びたいならうちに来なよ」と言われて。
その電話の直後に他のレストランから合格の通知が来て迷ったものの、
説明だけ聞こうとモンスーンカフェに行ったら、店長が非常にアツい人で!
「神奈川一の飲食店をつくりたい」という夢を公言する姿がかっこよくて、
モンスーンカフェのホールで働くことに決めました。

グローバルダイニングは、お店を立ち上げる人たちの登竜門のような場所。
社員もアルバイトも関係なく、自分たちの貢献度に合わせた時給を
ミーティングで設定し、互いに高め合っていくという面白い仕組みでした。
阿部さんの本にあったサービスの心得をまさに体現しているお店で、
ここでの4年間で「サービスの真髄」を学びました。
本当にご縁に恵まれていて、思いが現実をつくり出しているとつくづく思います。

――モンスーンとフェリーチェというサービスの世界で働いていて
嬉しいときはどんなときでしたか。

佐藤:私、お客さんがメニューを見てワクワクしているときの顔を見るのが好きなんです。
メニューを選んでいるときって、日々の雑念が消えて
目の前の料理に集中できるでしょう?
お客さんが「今まさにウェイターを呼ぼうと思っていた瞬間」にお席に行って、
お客さんの気分や味、分量などのニーズを引き出し、
最適な注文をコーディネートするのが好きですね。
「すきまを埋めるセメント」のような存在になりたいんです。
自分なりのスパイスを加えて、サービスを極めていきたいという思いが強まりました。

――大変だった経験はありますか。

佐藤:ウェイターには二種類あるんです。
一つは、お客さんの満足度は60%程度だけれど席数を多く見渡せるタイプ。
もう一つは、カバーできる席数は少ないけれど、個々のお客さんの満足度を120%に高められるタイプ。
私は後者として力を発揮するタイプでした。
利益を生み出すなら前者が、リピーターを生むには後者が必要で、両方のバランスが重要。
モンスーンで働いていたときは前者の力がなかなか身につけられずに
悩んだ時期もありました。

――その壁はどのように乗り越えていったのですか。

佐藤:一つの動線で二つをこなす「ワンウェイ・ツージョブ」を意識してムダを減らすようにすると、
徐々に席数を見渡せるようになってきました。
例えば飲み物をつぎながらお客さんの注文を聞きに行くというように。
店長からもらった「森を見ているからこそ、木も大事にできる」というアドバイスのおかげです。

また、フェリーチェではジェネラリストとして多種多様な業務を行うことが求められていたため、
いかに自分で時間をつくり、優先順位をつけてこなすかを学ぶ場でもありました。
ホールでは、個々のお客さまの満足度を最大限高めるという自分の本領を発揮でき、
それが自己承認につながったと思います。
この2つの壁を突破した経験は今も活きています。
アチーブメントのダイニング事業部をやめるとき、
ちょうどモンスーンカフェ時代にお世話になった店長が独立するタイミングで、
一緒に働かないかと誘ってもらったときは非常に嬉しかったですね。

――食への愛、サービスへの想いはどこから湧いてくるのでしょうか。

佐藤:母子家庭だったこともあり、母親の影響を大きく受けてきたんです。
「食力(くいりき)をつけなさい」と言われて育ってきたので
活力の素である「食」の大切さはずっと自分の中にあったんでしょうね。
アチーブメントの選考で自分の想いを宣言する場面があり
「食べることは生きること」と宣言した記憶があります。
ダイニング事業部では夢中で働きましたが、本当に楽しかったのでやめるときは涙が出ましたね。
でも、一つの道を極めるスペシャリストになりたいという思いがありましたし、
人との出会いを重ねていくうちに、仕事だけに没頭するのではなく
「大切なものを大切に生きる」という意識が強まっていきました。

――今のお仕事に就かれるきっかけは何でしたか。

佐藤:ダイニングの仕事をしているときに、
ワインに魅せられている経営層は多く、ワインの世界を滔々と語る姿を見て、
「これほどまでに人を惹きつけるワインの魅力を知りたい」という思いが湧いていました。
ワイン1本に、1時間語り続けられるほどのストーリーが込められているんですよ。
ちょうどあるとき、フェリーチェの常連のお客さんから
「ワインの世界を極めなよ」と名刺を渡され、
彼がワインインポーターのマネージャーであることがわかりました。
そこからご縁をいただき、2012年8月から働き始めました。

――ワインの世界で働いていて今、どんな風に感じていますか。

佐藤:最初はワインショップやクオリティショップへの営業をしていて、
この4月から念願のレストランへの営業となりました。
レストランのソムリエの方々は知識も経験も豊富でこだわりも強いので
緊張感は大きいですね。
ソムリエ資格を取ってからも勉強の日々。
今のワインや食のトレンド、競合の商品知識、食文化など
お客さんにとって有用だと思ってもらえるような新しい知識を吸収することが大切で、
同時に営業としての目標も達成していきたいと思っています。
先日フランス出張でワインの生産者の想いを聴き、
ワインがつくり出す空間の魅力にももっと迫っていきたいという思いも強まっています。
ここでしっかり経験を積んで、いつか食やサービスに関わるビジネスをやれたらいいなと思っています。

☆☆☆☆☆

才能と努力を掛け合わせてワインの道を極めるプロ。

天性のおもてなしの姿勢はお母様をはじめ、採用選考に立ち会った方、一緒に働いていた方々も気付いていたのだろう。
常に自分の足りないものを補い、得意なところを伸ばしていくという謙虚さと向上心が
彼女の才能や魅力の輝きをますます強めているのだと感じた。

専門性を磨きながら、人生の転機のたびに、自分が一番進みたい道はどれか?と
自分の心の声に素直に生きていく。
そうした芯の強さと、しなやかさをもった生き方に、心から憧れる。

インタビュー前後のやり取りでも彼女のおもてなしと真心、
そして食と食がつくり出す空間への愛情に、何度も胸が熱くなった。

今後も、ご縁を大切にしながら彼女にしか切り拓けない道を歩まれていくのだろう。
posted by メイリー at 14:10| インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月13日

可能性の源泉を掘りおこし、心に火をつける file.70(後編)

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☆前編はこちら☆

――「無為自然」、「和而不同」。これらが価値観の拠り所なのですね。
では、ご自身に大きな影響を及ぼした「旅の経験」ってありますか。

北川:バックパックでヨーロッパを一周したことです。
学生時代、大学を休学してイギリスへ語学留学していたのですが、
3ヶ月ほどで決まったプログラムをこなすことに飽きてしまいました笑
何も決まっていない明日を生きてみたい!と思って、行く先も決めずふらっと旅に出るんです。
朝起きたときに、その夜どこで寝るかが決まっていない経験は、今につながるいい経験でしたね。
答えを誰かに与えられるのではなく、自ら創り出すというのを体験しつづける毎日。
行き先を自分で決める楽しさを味わったし、意外と何とかなる。
初野宿はコペンハーゲンの排水溝。
寝る前はすごくドキドキしたけれど、朝までぐっすり熟睡しました(笑)

――「意外と何とかなる」という言葉は、今の私の心にすごく響きました。
今度は現在のお話に戻りますが、独立のきっかけを教えていただけますか。

北川:家族・会社・仕事、この3つのタイミングが重なったのがきっかけです。
会社の成長が一段落し、自分が立ち上げてきた仕事を担ってくれるメンバーが育ち、
家族の病気と子どもの成長が、ちょうど同じ時期に重なりました。
そんな中、今年の年末に地元の滋賀県彦根市にUターンします。
子どもが大きくなってきて、この子たちの地元を早く決めてあげたいし、
自分が踏ん張る場所をどこにするかと考えたら、自分の育った地元だと思ったからです。

これまで家をあまり顧みず仕事ばかりやっていましたから、
仕事と家族のバランスを大事にしようと思いました。
フリーになってから、子どもの参観日や幼稚園のイベントにも参加できるようになり、
子育てを通じて、これまでとはまた違った豊かさを味わえています。
僕自身の将来という点では、まだまだ漠然としたテーマしか設定できていないのですが、
今は「走ってたら、もう少し具体的なやりたいことに出逢うやろ」と思っています。

――それぞれのタイミングが、一歩を踏み出すチャンスにつながっていったんですね。 
北川さんのブログを読んでいたら、人生の2大テーマの一つが
「日本から世界に発信していける産業を東京以外の地域から発信すること」とありました。
どんな想いを持っているのでしょう。

北川:地方に帰ることを決めたら、そっちがオモロくなればいいなぁと。
週末だけ盛り上がるとかじゃなくて、結局多くの若い人が移動(移住)するのが何より大切です。
そのためには、地方に産業と雇用を生み出す必要があるので、
東京大阪で働いているけど、そんな仕事や会社があるなら移住してもいいかもと思ってもらえる仕組みづくりをしたいです。
人事をしていて、「仕事のために仕方なく東京や東京に近い郊外に住む」という人が多い現状に、違和感がありました。
雇用が東京に集中しているために、住む場所や子どもと過ごす時間に制約が生まれて、みんな苦しそうです。
仕事さえあれば、地方で住みたいって人は結構いる感覚がありました。

昔から地方の商店街では、隣人同士で、ものを融通し合い、
子育ても助け合うような空気がありました。
こうしたコミュニティーを僕たちの世代なりの形で復活させて、
Uターン、Iターンした人が、地元の人たちとも交流しながら活躍できるような会社をつくっていきたいですね。

――2大テーマのうち、もう一つは「若い人の可能性の最大化」を目指されているとのこと。
「ぶっちゃけ!」で多くの学生に会われるなかで、
彼らにどんなメッセージを伝えたいと思っておられますか。

北川: まずは、たまたま身近にあった会社で働いてみようよと伝えたいですね。
就活情報の洪水のなかから最高の会社を選ぼうとすればするほど、
メジャーな会社にエントリーが集まり、そこでの化かし合い競争に疲弊するという循環があります。
よく、就活は恋愛と似ているといいますが、彼氏彼女を選ぶときに、
多くの人から最良の、、、なんて選び方しないですよね。
「自分の世界って結局、半径5メートルくらい」だと腹をくくることが必要です。
「この仕事をしっかりやるんだ」という根性を持てば、悩む時間が減って、
やりたいことに集中できるはずです。

「ぶっちゃけ!」に参加してくれる学生たちを見ていると、
「話を聴いてほしい」と思っている子が多い。
本音を発信できる場があり、それを受け止めてくれる人がいれば、たいていの悩みは自分で解決できます。
みんなで腹を割って話すと、「不安なのは自分だけじゃない」と気づき、
自分の道を走っていけるようになるんです。
彼ら一人一人の可能性を否定したり、つぶしたりせず、
「どんどんチャレンジしたらええやん」という土壌づくりに貢献したいと思っています。

☆☆☆☆☆

相手の可能性の「源泉」に気づかせる人。
彼のお話を思い出せば思い出すほど、そんな印象が強くなった。

北川さんが、一人一人のエネルギーが湧き出すスポットを見つけられるのはなぜか。
それは、彼自身がまっすぐ全力で生きていて、
相手のいいところを曇り一つない目で見つめ、
相手のなかにある矛盾も弱さもひっくるめて包み込んでいるからなのだろう。

インタビュー後、私の価値観を掘り下げて言語化する時間をとっていただいたのだが、
彼の問いかけによって、ずっと蓋をしていた「価値観の箱」が開かれて
「私が本当に大事にしているのって、これなんだ!」と気づく瞬間を何度も味わった。

「人の可能性」を心から信じている人が発する問いは、相手の心に火をつける。
彼に出会ったことで、信じた道を走りださずにはいられない人が、
これからもどんどん増えていくのだろうと思う。
posted by メイリー at 22:04| インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

可能性の源泉を掘りおこし、心に火をつける file.70(前編)

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北川雄士さん。
博報堂のアカウントプランナーを経て、WEBマーケティング・CRMクラウドサービスのシナジーマーケティングの人事として7年半のキャリアを積む。
北川さんの現在の活動や想いについてはこちら。
「とにかくやってみよ」

「伝説の人事」と呼ばれる彼は、1年半前にフリーランスの道を歩み始め、
<社外人事部>として採用・研修・評価制度設計や、ときに社員面談なども行っている。
また、「人は発信することで内省し学ぶ」ということを信じて、
毎回違うメンバー、テーマでフリーに語る「ぶっちゃけ!」という会のファシリテーターや、
滋賀大学でのキャリア講座の講師など、多彩な顔を持つ。

人生の2大テーマとして、
日本のエエもん(モノ・考え方・組織・人)を東京以外から、日本に、世界に発信すること、
そして、出会った人一人でも多くを笑顔にすることを掲げ、
そのために若い人の可能性を最大化させようとする北川さん。
その背景と想いに迫りたい。

★★★★★

――会社員時代から起業を念頭に置いていたとのことですが、
起業を考え始めたのはいつ頃からですか。

北川雄士さん(以下、北川):実家が商売していたのもあり、
ぼんやりと小学校くらいから自分でやりたいとは思っていました。
博報堂に約2年半勤めた頃に、ずっとサラリーマンをやるつもりがないのなら、
早く辞めるべきだと起業を意識した。

博報堂退職後、学生時代にインターンさせてもらっていた
シナジーマーケティングの谷井社長に事業企画の相談にいきました。
そうしたら、「うちの会社で一緒にやらないか」とお誘いをいただいたんです。
起業したい気持ちもありましたが、
お世話になってきた谷井さんはじめ社員の皆さんに恩返しするという意味も込め、
一旦起業は横において、入社を決めました。
人事未経験でしたが、人事部門の立ち上げから、採用、研修、評価、配置まで一手に引き受けました。

――未経験でも立ち上げから任されるって、非常に信頼されていたんですね。
社長からは、どんな点で影響を受けたのですか。

北川:谷井さんからは、謙虚であることがいかに大切かを学びました。
僕自身、幼い頃から祖父に「人は自ら生きているのではなく、生かされている存在だ」と言われて育ってきたのですが、谷井さんは、その考え方をまさに体現している方です。
だから、彼のまわりには彼をサポートする人が集まってくるのだと思います。

――北川さんにとって、人事は天職だと考えていますか。

北川:未経験でしたが、やりはじめてすぐに、人事は天職じゃないかと思いました笑。
人前で話すことや、社員みんながうまくいく仕組みをつくることが好きですし、
特に採用では、自分がやってきた広告業界での経験がすごく活きるんですよ。
アクセル全開で人事をやっていました。
毎年1,000名からの学生や転職者の方と出会い、
会社もどんどん人が増えて新たな課題も出てくる毎日でしたから、
気付けばどんどん時間が過ぎ、乗りかかったからには全力でやるしかないと時間が過ぎていきました。

――応募してきた学生さんたちは北川さんの人柄や雰囲気に惹きつけられるのですね。
その理由は何だと思いますか。

北川:自分の大事なものを明確にして、全力投球な姿勢やエネルギーが、
相手に伝わったんじゃないのかなと思います。
僕は社長の想いに共感していたので、その想いをまっすぐ伝え続けていた。
だから「あの人がそこまで言うなら、この会社いいかも」と思ってもらえたのかもしれないですね。
もちろん、応募者一人一人の人生も全力で考えていました。
不採用の学生にも、どうするべきかをフィードバックしますし、
たとえ非常に優秀な学生でも、他にもっと合う会社があると思えば、うちに来てとは言わなかった。

「相手に寄り添うこと」も、僕が大事にしているものの一つです。
会社説明会では学生に「来てくれてありがとう」と伝えるところから始めていました。
自発的に来ている子ばかりでもないし、緊張している子だって多い。
だからこそ、彼らと同じ目線に立って、なるべく「ぶっちゃけ!」の姿勢で
ここは心を開いて双方が採用・就職活動に向き合えるようにというメッセージを伝えていました。

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――「来てくれてありがとう」って言われたら、すごく安心するだろうなと思います。
これまでの人生で、北川さんの価値観に影響を及ぼした本は何でしたか。

北川:大きな影響を受けた本は、『道(タオ)』という老子の本と、『論語』です。
本を読むのは好きで、小説から経営者の本や、人事、マーケティングのビジネス書など、
たくさん読んできましたが、歴史の本や古典は非常に価値があるなと感じています。
中国の諸子百家などは数千年の歴史を経て、今も語り継がれているということは、
道徳観や人としての大切にすべき筋みたいなものが要約されているということだと思います。
ここには人間の不変の真理があると思うんですよ。

――『道』という本は、どんなきっかけで手に取られたのですか。

北川:大学生のとき、価値観の拠り所を探していたんです。
自分のまわりには20年の間に大変な苦労を乗り越えている友人たちがいて、
普通に公立の小中高に通ってきた自分には挫折経験がないのがコンプレックスでした。
ですが、老子の「無為自然」という考えにふれて、自分の在り方を肯定されたような気がして。
こだわらない、でも流されない。これが人間の本質なんじゃないかと思ったんです。
『論語』では、「同調するのではなく調和を大事にする」という
「和而不同(わじふどう)」の教えに出会って、
「まさに僕の大事にしていることやん!」と思いましたね。

「調和」は人事でも大事にしている価値観です。
社員の異なるキャラクターを受け入れて、
同じ方向を向いた一つの組織をつくっていくのが人事ですから。

☆後編につづく☆
posted by メイリー at 21:47| インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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