ワインや食品の輸出入・卸を行う中島董商店にて、
ソムリエ資格を活かし、高級ショップ・レストランにワインを提案する。
紹介してくれた先輩からは「食への愛に満ちた人」と聞く。
その愛がどこから生まれてきたのだろうか。
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――ワインの輸入業の仕事に就かれる前にどんな経験をされてきましたか。
佐藤阿友美さん(以下、佐藤):現職の前には、人材教育業を母体としたアチーブメントグループで3年4カ月の間働いていました。
大学時代はホテルのコンシェルジュを目指して、
ホテル業界志望者の専門学校と大学とダブルスクールをしていたんです。
ラグジュアリーホテルが好きな母親に、小さい頃から色々なホテルに連れていってもらって、
ホテルの空間に憧れをいだくようになりました。
「あなたはホテルマンに向いてると思う」
そう言って母から手渡された本が、日本最高峰のコンシェルジュと言われる阿部佳さんの
『わたしはコンシェルジュ』。
元々人を喜ばせるのが好きだった私は、
「決してNoと言わない」、「お客様に寄り添う」という指針に強く共感し、
接客に必要になる英語を学ぼうと思い、上京して英文学科へ進みました。
「東京でいろいろ吸収してきなさい」という母の言葉には、
自分に合った道を勧めてくれた感謝と、
敷かれたレールの上を歩いているような気持ちとの葛藤がありましたが、
それが「社会の中で自分の価値を高めたい」という気持ちにつながっていったように思います。
――ホテル業界から人材教育へと変化したきっかけは何だったのでしょう。
佐藤:就活時にお付き合いしていた人が、ベンチャー志向が強く、
「他の業界も見ておくといいよ」というアドバイスをくれました。
ベンチャーの社長さんたちの情熱に心を動かされ、
「人の転機に関わる」人材業界の営業を経験したいと思うようになっていきました。
もちろんホテル業界も受けて、いくつか内定をいただいていたのですが、
自分一人で仕事を回せるようになる力を身につけるなら営業がいいなと思いました。
あるベンチャー企業に行こうと決めたものの、
内定式前日に「どうもしっくりこない」とモヤモヤを感じていて…。
アチーブメントの採用選考で出会った社員の方々の、
吸い込まれるようなキラキラした表情が頭にちらついたんです。
そんなとき、偶然にもアチーブメントに内定した友人から
「追加募集があるみたいで、受けてみない?」と電話がかかってきて…!
運命的ですよね。
内定していた会社には正直に内定式に出られる気持ちではないことを伝え
アチーブメントの選考を受け、入社することになりました。
――それで営業の仕事に?
佐藤:と思ったらなんと配属先は立ち上がったばかりのダイニング事業部。
最終選考で、サービスに非常に力を入れているグローバルダイニングのモンスーンカフェでのアルバイトで、
ホスピタリティーとサービスを学んだ経験を話していたからでしょう。
新卒でそこに配属されたのは私だけ。
まわりは「営業でないけどいいの?」と心配してくれましたが、
人事から「何にもないけど何でもやれる仕事だよ」と言われ、
私は「超楽しそう!」と思ってOKしたんです。
後で、選考をしていた監査の方が「この子がサービス業で働かないと日本経済の損失だ」と
おっしゃってくださったと聞いて、その言葉も大きな後押しになりましたね。
フェリーチェという「食から人生をプロデュースする」というコンセプトの
和食と自然派ワインのお店で、ホールも売上管理もアルバイトの管理も任されました。
――きっと佐藤さんの才能と経験に裏付けられたホスピタリティーを見抜かれていたのでしょうね。
モンスーンカフェでのアルバイトのお話を聞かせていただけますか。
佐藤:モンスーンカフェとの出会いは、
スキーサークルだったこともあり、なかなかホテルや飲食業のアルバイトができず、
選考を受けたレストランからも返事が来ない…と思っていた矢先の出来事でした。
採用広告の「サービスを頑張りたい人歓迎」という文字に惹かれて電話をかけたら
「サービスを学びたいならうちに来なよ」と言われて。
その電話の直後に他のレストランから合格の通知が来て迷ったものの、
説明だけ聞こうとモンスーンカフェに行ったら、店長が非常にアツい人で!
「神奈川一の飲食店をつくりたい」という夢を公言する姿がかっこよくて、
モンスーンカフェのホールで働くことに決めました。
グローバルダイニングは、お店を立ち上げる人たちの登竜門のような場所。
社員もアルバイトも関係なく、自分たちの貢献度に合わせた時給を
ミーティングで設定し、互いに高め合っていくという面白い仕組みでした。
阿部さんの本にあったサービスの心得をまさに体現しているお店で、
ここでの4年間で「サービスの真髄」を学びました。
本当にご縁に恵まれていて、思いが現実をつくり出しているとつくづく思います。
――モンスーンとフェリーチェというサービスの世界で働いていて
嬉しいときはどんなときでしたか。
佐藤:私、お客さんがメニューを見てワクワクしているときの顔を見るのが好きなんです。
メニューを選んでいるときって、日々の雑念が消えて
目の前の料理に集中できるでしょう?
お客さんが「今まさにウェイターを呼ぼうと思っていた瞬間」にお席に行って、
お客さんの気分や味、分量などのニーズを引き出し、
最適な注文をコーディネートするのが好きですね。
「すきまを埋めるセメント」のような存在になりたいんです。
自分なりのスパイスを加えて、サービスを極めていきたいという思いが強まりました。
――大変だった経験はありますか。
佐藤:ウェイターには二種類あるんです。
一つは、お客さんの満足度は60%程度だけれど席数を多く見渡せるタイプ。
もう一つは、カバーできる席数は少ないけれど、個々のお客さんの満足度を120%に高められるタイプ。
私は後者として力を発揮するタイプでした。
利益を生み出すなら前者が、リピーターを生むには後者が必要で、両方のバランスが重要。
モンスーンで働いていたときは前者の力がなかなか身につけられずに
悩んだ時期もありました。
――その壁はどのように乗り越えていったのですか。
佐藤:一つの動線で二つをこなす「ワンウェイ・ツージョブ」を意識してムダを減らすようにすると、
徐々に席数を見渡せるようになってきました。
例えば飲み物をつぎながらお客さんの注文を聞きに行くというように。
店長からもらった「森を見ているからこそ、木も大事にできる」というアドバイスのおかげです。
また、フェリーチェではジェネラリストとして多種多様な業務を行うことが求められていたため、
いかに自分で時間をつくり、優先順位をつけてこなすかを学ぶ場でもありました。
ホールでは、個々のお客さまの満足度を最大限高めるという自分の本領を発揮でき、
それが自己承認につながったと思います。
この2つの壁を突破した経験は今も活きています。
アチーブメントのダイニング事業部をやめるとき、
ちょうどモンスーンカフェ時代にお世話になった店長が独立するタイミングで、
一緒に働かないかと誘ってもらったときは非常に嬉しかったですね。
――食への愛、サービスへの想いはどこから湧いてくるのでしょうか。
佐藤:母子家庭だったこともあり、母親の影響を大きく受けてきたんです。
「食力(くいりき)をつけなさい」と言われて育ってきたので
活力の素である「食」の大切さはずっと自分の中にあったんでしょうね。
アチーブメントの選考で自分の想いを宣言する場面があり
「食べることは生きること」と宣言した記憶があります。
ダイニング事業部では夢中で働きましたが、本当に楽しかったのでやめるときは涙が出ましたね。
でも、一つの道を極めるスペシャリストになりたいという思いがありましたし、
人との出会いを重ねていくうちに、仕事だけに没頭するのではなく
「大切なものを大切に生きる」という意識が強まっていきました。
――今のお仕事に就かれるきっかけは何でしたか。
佐藤:ダイニングの仕事をしているときに、
ワインに魅せられている経営層は多く、ワインの世界を滔々と語る姿を見て、
「これほどまでに人を惹きつけるワインの魅力を知りたい」という思いが湧いていました。
ワイン1本に、1時間語り続けられるほどのストーリーが込められているんですよ。
ちょうどあるとき、フェリーチェの常連のお客さんから
「ワインの世界を極めなよ」と名刺を渡され、
彼がワインインポーターのマネージャーであることがわかりました。
そこからご縁をいただき、2012年8月から働き始めました。
――ワインの世界で働いていて今、どんな風に感じていますか。
佐藤:最初はワインショップやクオリティショップへの営業をしていて、
この4月から念願のレストランへの営業となりました。
レストランのソムリエの方々は知識も経験も豊富でこだわりも強いので
緊張感は大きいですね。
ソムリエ資格を取ってからも勉強の日々。
今のワインや食のトレンド、競合の商品知識、食文化など
お客さんにとって有用だと思ってもらえるような新しい知識を吸収することが大切で、
同時に営業としての目標も達成していきたいと思っています。
先日フランス出張でワインの生産者の想いを聴き、
ワインがつくり出す空間の魅力にももっと迫っていきたいという思いも強まっています。
ここでしっかり経験を積んで、いつか食やサービスに関わるビジネスをやれたらいいなと思っています。
☆☆☆☆☆
才能と努力を掛け合わせてワインの道を極めるプロ。
天性のおもてなしの姿勢はお母様をはじめ、採用選考に立ち会った方、一緒に働いていた方々も気付いていたのだろう。
常に自分の足りないものを補い、得意なところを伸ばしていくという謙虚さと向上心が
彼女の才能や魅力の輝きをますます強めているのだと感じた。
専門性を磨きながら、人生の転機のたびに、自分が一番進みたい道はどれか?と
自分の心の声に素直に生きていく。
そうした芯の強さと、しなやかさをもった生き方に、心から憧れる。
インタビュー前後のやり取りでも彼女のおもてなしと真心、
そして食と食がつくり出す空間への愛情に、何度も胸が熱くなった。
今後も、ご縁を大切にしながら彼女にしか切り拓けない道を歩まれていくのだろう。